世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1775
世界経済評論IMPACT No.1775

コロナで垣間見えるシンガポールの外国人搾取:中国のモデルとなったシンガポールの独裁の政策

新井聖子

(慶應義塾大学SFC研究所 上級所員)

2020.06.08

シンガポールのコロナ感染者急増

 シンガポールは今年3月まで感染者が1000人弱で,抑え込みに成功したとみられていた。しかし,4月以降,低所得の外国人労働者の集団から感染者が急増し,4月末には約1万6千人,5月末には約3万5千人になり,人口100万人当たりの感染者数は約6千人で,これは米国より多い。急増した感染者数の99%以上は低所得の外国人労働者である。死者は計23人(人口100万人当たり4人)と少ないが,その理由は低所得の外国人労働者が若いためとされている。ただし,そもそも政府の隠蔽もあり,死者の数の信頼性はない。

シンガポールの外国人搾取と「張り子の虎」の実態

 シンガポールの国名の意味は「ライオンの街」だが,実態はまさに「張り子の虎」で,外国人の力(労働,資本,技術など)で華やかに飾り立てているが,中身は空洞である。しかし,シンガポールは外国人の力が不可欠な一方で,外国人を不当に扱い,搾取する政策を続けている。

 1965年のシンガポールの独立時の人口は200万弱で,2019年の人口は約570万だが,このうち350万が国籍保持者,50万が永住権保持者で,残りの170万(全人口の約3割)が外国人労働者である。そして,この170万人のうち約3分の2が「労働許可書(work permit)」という種類の就労ビザを持つ,未熟練労働者である。未熟練労働者は建設業,製造業,サービス業(メイドなど)に就いているが,彼らは家族同伴の入国は認められず,例えばメイドは半年毎に妊娠検査を義務付けられ,妊娠すると本国へ強制送還されるなど,当局に厳しく管理されている。理由は,彼らの定住による知的水準の低下を恐れているためである。

 コロナ感染者の99%以上が,周辺のアジア諸国からの未熟練労働者である。彼らは,朝,トラックの荷台に奴隷のように積まれ,(観光客の目に触れないルートで)建設現場などへ連れていかれ,夜は2段ベッドがひしめく不衛生な寮に押し込められている。このような環境がコロナの温床となった。シンガポールの国民性として,英国の植民地だった歴史や経済優位もあり,途上国のアジア人をあからさまに下に見る傾向が大変強く,これが未熟練労働者の劣悪な待遇を助長している。

 実は,シンガポールの外国人労働者の搾取は,未熟練労働者にとどまらず,「雇用許可書(employment pass)」という就労ビザを持つ,中間管理職や専門技術者(弁護士,医者,大学研究者を含む)にも広く及んでいる。この実態は日本では殆ど知られていないが,理由は,中国と似た強い言論統制のためや,日本人は現地の日系企業で働く人が大半で,シンガポールの企業や機関に雇用される人が限られているためが大きい。なお,シンガポール国内でも,日本や欧米系の企業の子会社で働いている人は,親会社の民主的ルールに守られていることが多いので,外国人搾取の対象になりにくい。

シンガポールの外国人労働者の搾取の方法

 外国人労働者の搾取の手法の一つとして,シンガポールの企業や公的機関は雇用者の一方的な事情によって,容易に雇用契約の内容(職務内容,給与,福利厚生なども含めて)を変更できるように元々契約を作成しており,また実際に頻繁に勝手に変更する。シンガポールの労働者は,このような一方的な雇用契約の変更に反対したら,簡単に解雇されうる。また、組合活動は、大学などでは禁止され、企業でも法令で著しく制限さているため、労働者が解雇などの不当労働行為に直面しても、組合に守ってもらうことは難しい。

 そして,外国人労働者の場合は,解雇されるとビザが自動的に切れるため,法令上2~4週間のうちに国外退去せざるを得なくなる。この国外退去義務のため,例え,外国人労働者が不当な解雇について裁判に訴えたくても,実際に訴えることは難しい。また,そもそも,シンガポールの弁護士は,シンガポールの政府や企業への遠慮から,まず外国人労働者の弁護を引き受けたがらない。このように,外国人労働者はいかに不当な目にあっても,なす術がないのである。

(外国人)知識者層への弾圧

 シンガポールの政治的弾圧が厳しいことはよく知られているが,大学などに勤める研究者,特に社会科学者に対しても頻繁に行われている。大学側や政府の意に沿わない民主的な研究者は,単に大学を辞めさせられるだけではなく,裁判なしで逮捕され,有罪になる。正義を重視する善良な外国人研究者が逮捕を逃れるため,家財を一切捨てて,パスポートだけ持って国外脱出した例も多くある。

 シンガポールのメディアは全て政府の完全な管理下にあるので,こうした国の恥部を報道することはない。また,シンガポールでは,外国のメディアの活動や発行部数も大きく制限されており,政府に都合の悪い報道は抑えられている。シンガポールは小さな国なので,世界の関心は低いため,一部の国際的な人権擁護団体しか真実をよく知らない。

 なお,シンガポール政府は,宣伝ツールとして,よく国際的な著名人に極めて高額の給与や研究費を払って,政府の経済顧問に据えたり,大学へ招いて,彼らに,世界に向けて「シンガポールは素晴らしい」と言わせる。これら著名人は,シンガポールから多額の報酬を貰っているので,そう言わざるを得ない。

 まさに,シンガポールは戦略的に「張り子の虎」で国際的なイメージを作り上げ,そのイメージ戦略によって,海外から投資や人材を取り込むサイクルを生み出しているのである。

シンガポールの独裁,弾圧,開発経済は中国のモデル

 シンガポールはその血なまぐさい独裁から,よく「明るい北朝鮮」と揶揄される。シンガポールは建国以来,日本軍の過酷な支配で政治に目覚めた故リー・クアンユー元首相が設立した人民行動党の独裁が続き,今は同首相の長男が首相で,その親族や一部の学歴エリートが政府機関を支配している。野党は厳しい弾圧を受けながらも,2011年と2015年の国政選挙で各々4割と3割の票を得た。しかし,人民行動党に圧倒的に有利な選挙制度のため,野党は結果的に89議席中6議席しか獲得できなかった。

 故リー元首相は,過酷な弾圧は,「経済発展を進める上で『無秩序』を排するために不可欠」,「東アジアの儒教的価値観に基づくものだ」(「Foreign Affairs」1994年12月号)と主張し,正当化した。しかし,シンガポールは2010年には国民1人当たりの国民所得が日本を超え,以後アジア第1位を独走し,最早「経済発展のため」という言い訳は通用しなくなっている。今や弾圧はリー一族など既存勢力の権益を維持するためのツールでしかない。

 故リー元首相は中国共産党の歴代首脳に重要な助言をし,「経済状態が良くなり続ける限り,国民は弾圧を受け入れる」と言って,中国の政策に大きな影響を与えた。故リー元首相が最も尊敬する3人のうち一人が,中国に市場主義を導入した鄧小平であるが,故リー元首相は,鄧小平が1989年の天安門事件で学生への武力行使を指示したことに強く共感し,「鄧小平がいなければ中国は爆発していた」と称賛している(「Lee Kuan Yew: The Grand Master’s Insights on China, the United States, and the World」(2012))。

 故リー元首相は,天安門事件当時,表向けに「国民に銃を向けるとは衝撃だ」と言っていたが,これは国際的に非難を浴びないためのカモフラージュで,亡くなる3年前の本で明かしたところでは,(シンガポールの弾圧と根っこが同じの)中国の弾圧を本当は支持していたのである。もし,故リー元首相が昨年6月以降の香港の民主化運動への弾圧を見たら,同じように支持するのだろうか……。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1775.html)

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