世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1699
世界経済評論IMPACT No.1699

米国のちぐはぐな新型コロナ対策:救済策は完備されたが感染拡大は止まらず

滝井光夫

(桜美林大学 名誉教授)

2020.04.20

 新型コロナウイルスの爆発的な感染拡大に対して,国が打つべき対策は2つに絞られる。第1は,感染拡大の阻止と縮小,第2は経済的損失を被った国民への迅速な支援と救済である。

 これらの2つの対策は,同時に進められるべきものである。感染拡大を阻止するには,その影響を受ける就労者や事業者に対する支援と救済が必須だが,感染拡大を放置したままで,支援・救済策を打っても効果はない。しかし,米国がこの2月から行っているのは,こうしたちぐはぐな対応である。先行して矢継ぎ早に打たれた支援・救済策は大規模かつ徹底したもので,トランプ大統領もこの対策の実現には大きな関心を持ち,関与した。

 しかし,いくら救済策を実施しても,感染率が下がるわけではない。連邦政府の頂点に立つ大統領がリーダーシップを発揮し,積極的に感染の拡大阻止に向けて動かなければ,感染率は下がらない。これまでの動きをみると,トランプ大統領の動きは遅く,大統領はその役割を十分に認識していないようでもある。こうした米国の現在までの状況を,まず実施された支援・救済策からみてみよう。

大胆な金融,財政政策の発動

 支援・救済策は金融と財政の双方から実施された。金融政策は,3月3日から3月末までの間,米国の中央銀行であるFRBがゼロ金利政策などによる強力な金融緩和を実施し,さらに「伝家の宝刀」といわれる連銀法13条(3)を発動し,銀行以外に対しても総額3,000億ドルの融資を決定した。

 一方,財政政策は,議会が20日間に総額2兆ドルを上回る(GDPの10%超)対策を3本の法律として成立させた。第1弾が3月6日成立の「コロナウイルス対策補正予算法」(予算額83億ドル),第2弾が同18日成立の「家族第一コロナ対策法」(同35億ドル),第3弾が同27日に成立した「コロナウイルス支援・救済・経済保障法」(米国史上最大の同2.2兆ドル)である。3本とも法案審議過程では民主,共和両党間に大きな対立はなく,とくに第3弾ではペロシ下院議長とムニューシン財務長官との間で綿密な政策調整が行われ,上下両院とも満場一致で可決された。党派対立の激しい今の議会では異例のことである。

 これら3本の法律に盛り込まれた支援・救済策は,次のように多岐に亘っている。ワクチンの研究開発,各世帯に対する全米一律の現金給付,家計の資金繰り支援,失業保険給付の拡大,感染して自己隔離するため,あるいは学校閉鎖となった子供の世話などのための有給休暇の付与,給与保証,低所得者向けの食料補助,失業保険拡充のための各州に対する財政支援,債務に対する信用保証を主とする中小企業支援,苦境に陥った航空産業支援のための直接融資,航空産業に従事する労働者に対する所得補償,医療機関や州・地方政府に対する支援,等々である。

 これら財政措置は,感染拡大を抑え込むための,最も基本的で有効な対策である「人と人との人的接触回避策」(social distancing measures)をスムーズに国民に実行させるためでもある。人的接触回避策には自宅待機(外出禁止),休校,飲食店の閉鎖,多人数の集会禁止などさまざまな措置が含まれる。こうした人的接触回避策を実施しても,就労者や事業者の損失を最小限にとどめることができれば,接触回避策は広く受け入れられ,感染拡大の阻止に大きな効果を発揮する。なお,こうした金融・財政措置には消費を刺激するといった景気対策は含まれていない。景気拡大策は感染拡大が収束し,経済が正常化してからとられるべき対策だとしているからである。

消極的なトランプ大統領の対応

 米国で最初の新型コロナウイルス感染者(35歳,男性)が発見されたのは,1月19日。この患者は,その4日前に武漢から太平洋岸のワシントン州に帰国したが,咳と発熱が止まらず,診断した病院で感染が判明した。ジョンズ・ホプキンス大学コロナウイルス・リソース・センターによると,米国の感染確認者は3月中旬から急激に増加し,4月6日に37万人,同14日に60万人と1週間で1.6倍に,死者は同時点で1.1万人から2.4万人に倍増した。米国の死者数がイタリアを抜いて世界最多となったのは4月11日である。

 最初の感染者発見から10日後,ホワイトハウスに「新型コロナ対策タスクフォース」が設置され,その1ヵ月後の2月末,タスクフォースの議長にペンス副大統領,その右腕にエイズ研究の第一人者デボラ・バークス博士が就任し,感染症研究で著名なアンソニー・ファウチ博士(国立アレルギー感染症研究所長)がメンバーに加わった。タスクフォースはほぼ連日,メディアにブリーフィングを行っているが,ペンス議長を差し置いて,常にトランプ大統領が前面に出て発言している。最近では大統領の安易な発言が支持されず,当初急上昇した支持率は元に戻りつつある。

 一方,タスクフォースの中枢を担うバークス,ファウチ両博士は早くからウイルスの危険性を指摘し,3月29日ホワイトハウスで開かれた会議で,米国民の死者は何も対策を打たなければ160~220万人,人的接触回避など積極的な対策をとれば20万人にとどまると大統領に警告した。これを受けて,トランプ大統領は4月12日のイースター(復活祭)までには米国の経済活動を再開する方針を取り下げ,人的接触回避のガイドラインを4月30日まで延長した。

 しかし,両博士の要請にもかかわらず,トランプ大統領は未だに全米に外出禁止を求める強い要請を出していない。連邦制度の米国では,連邦政府の管轄分野以外では,州知事が規制権限を持っているため,大統領といえども州に規制を強いることはできない。しかし,今や50州のうち外出禁止令を出していない州は,南北ダコタ,ネブラスカ,ワイオミング,アイオワ,アーカンソー,オクラホマ,ユタの8州に減少した。8州の知事はいずれも共和党である。世論調査をみると,テキサス,オクラホマ,ミズーリ,アラバマ,オハイオなど共和党知事の州民よりも,知事が民主党のニューヨーク,ワシントン,カリフォルニア,イリノイ,ニュージャージーなどの方が新型コロナウイルスに対する認識が高く,対策も進んでいる。

 こうした違いは,州の立地,外国人の往来,州民の科学やメディアに対する認識の度合いなどが影響しているが,「温かくなればウイルスは消える」といったトランプ大統領の非科学的な認識も共和党支持者が多い州に大きく影響している。トランプ大統領の意識が変わらなければ,今後とも,感染拡大阻止に重要な役割を果たすのは,民主党知事ということになろう。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1699.html)

関連記事

滝井光夫

最新のコラム