世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
コロナショック破産は気候変動破産と根っこが同じ人災である
(高知大学 名誉教授)
2020.04.20
コロナウイルスによる世界規模感染(パンデミック)は,またたく間に,2008年の金融破産のリーマンショックと同じ規模あるいはそれ以上だといわれる経済破産を引き起こした。ヒトの移動を示す航空機の利用者が半減し,モノの輸出入も半減し,需要の低下あるいは部品が届かず自動車部門も生産停止に追い込まれ,世界の飲食業も観光業も大打撃をこうむった。今年度の業績予想を大幅に下方修正する企業も現れた。これらはヒトとモノの国境をこえた高速で大量の移動が突然に寸断されたことによる縮小破産である。
この破産は,未知のウイルスがもたらしたのだから,自然が発生させた天災なのだろうか。いや,断じて違う。これは人間が引き起こした人災である。初期封じ込めに失敗したという意味での人災ではなく,人間が目先の欲に我を忘れ,いざという時のリスク管理を置き去りにしたことによる災害である。物理学者の寺田寅彦氏は,関東大震災による火災被害を「文明災」とよんだ。1657年の明暦の大火によって10万人もの死者が出て江戸城天守も焼失したことを教訓に,江戸幕府が延焼を防ぐため設けた火よけ地の広小路を,明治以降の近代化開発が密集人家にしてしまったからである。それと同じ意味の人災である。
その根っこには,ヒトとモノの高速で大量の移動が構築した地球規模のネットワーク型経済構造があり,それを石炭と石油という化石燃焼の大量消費が可能としたのである。
私たちが今,注視しなければならないのは,この同じ根っこが,すぐにでも,今回と同じようにネットワークを寸断する気候変動破産をもたらすことである。抗体とワクチンができれば一気に終息する一過性のコロナショック破産と異なり,気候変動破産は長期に持続し,地球を焦熱化して人類を大量絶滅させる恐れが強いので,きわめて深刻である。
2015年4月,地球温暖化による気候変動がリーマンショック級の金融破産・経済破産を引き起こすとの危機感から,G20(先進20ヵ国財務大臣・中央銀行総裁会議)は,下部組織の金融安定理事会(FCS)に,気候変動財務ディスクロージャタスクフォース(Task Force on Climate-Related Financial Disclosures:TCFD)を創設した。TCFDはこの分野の専門家の英知を結集させ,2017年6月に3本の報告書を完成させて,G20に提出した。
報告書は,地球温暖化がもたらす気候変動リスクを二つに分類している。一つは,スーパー台風,大洪水,干ばつ,熱波,海面上昇が発生することによる「自然変動リスク」であり,これは沿岸地域にある土地や事業の資産価値の下落を引き起したり,部品供給のサプライチェーンを寸断させたりするので,それに依存した事業の存続を困難にする。もう一つは,温暖化を抑制するため脱炭素社会に移行せざるを得ない「社会移行リスク」であり,これは化石燃料の採掘と使用禁止などの措置を招き,それに依存した事業の存続を困難にする。これに基づき報告書は,気候変動リスクの影響を著しく受ける事業として,四つの産業部門(①石油,石炭,電力会社などのエネルギー,②航空輸送,鉄道,トラック輸送,自動車および自動車部品などの運輸,③素材と建築・不動産,④農業・食品・林業)および銀行,保険などの金融部門を特定し,それに対して(また観光部門の産業に対しても),事業存続が困難になるとの厳しい警告を発した。運輸と観光は,自然変動リスクと石炭・石油を使えない社会移行リスクからもネットワーク寸断という危機に見舞われる。
ではどうすればいいのか。報告書は,これから企業が直面するであろう気候変動のリスクとビジネスチャンスを定量的に計測し,将来も持続できるように事業戦略を見直し,早期に強じん性のある事業に転換することを求める。そのためにまずは,経営トップが責任をもって気候変動に対処するよう企業の管理体制(ガバナンス)を改革せよ,と提言する。
このコロナピンチの機会に企業が,ネットワークが寸断されても生き残れるよう,リスク管理とこれからの事業戦略を見直すことができれば,ピンチはビジネスチャンスとなる。
経済破産や気候変動破産をふくめ国家破産一般にもっとも厄介なことは,その負担が社会的・経済的弱者にしわ寄せされることである。国家破産の歴史がそれを教えている。内部留保の潤沢な大企業ではなく,中小零細企業や低所得者に対して緊急支援が求められる。
*詳しくは,紀国正典「気候変動破産―人類を救えるか:TCFD最終報告書―」『高知論叢』第118号,2020年3月参照。金融の公共性研究所サイトの「国家破産とインフレーション研究会」ページからダウンロードできる。
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