世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1692
世界経済評論IMPACT No.1692

新型コロナ・パンデミック後の米中関係の行方を考える

清川佑二

((一財)国際貿易投資研究所 参与)

2020.04.13

中国の経験でわかったこと

 武漢で発生した新型コロナウイルス感染症(以下「コロナ」と略す。)が経済に与えた影響は,中国のPMI(購買担当者景況感調査)統計が明快に映し出した。事業分野と従事者が多い非製造業PMIで見ると,1月は54.1%だったのが2月に29.6%と統計開始以来の最低水準を記録し,3月には52.3%と好況感にまで回復した。これは,コロナが1月末までは悪影響与えなかったこと,2月に全土の産業は底が抜けたように低落したこと,しかし3月には企業の再開が進み事業者心理が回復したことを示している。

 コロナ第2波の懸念は残るが,中国全体がどん底心理状態にあった期間は約1カ月にとどまったこと,武漢市でさえも12月以来100日程度でおおむね正常化したことは,いま混迷のさ中にある世界にとって一つの光明であろう。

 中国は旧に復するように見えるが,コロナ以前のとおりにはならない。家庭内暴力と離婚も激増した。政治的にはコロナを発見した李文亮医師が「デマを流した」として処罰され,その後に感染して死亡したためにネットには習近平主席批判が多く寄せられた。

コロナ収束後の米中関係の方向

 4月2日には感染者数は100万人を超え,世界各国が生命の危機と経済的困難や失業に苦しめられている。第2次大戦以来の大きな危機を体験しているわけで,コロナ収束後に元のままの社会が復元されるとは考え難い。そのうえで次の3点で,米中関係の行方が注目される。

 第1に,米国では安全保障の観点からサプライチェーン見直しが進められて来たが,国産品全般の供給が重視されはじめている。

 米国では安全保障関係物資の対中依存の危機感からサプライチェーン見直しが始まり,2018年にはホワイトハウス通商製造業政策局も国防総省もそれぞれ調査報告を発表した。この緊張の中で,新華社は「中国が米国に報復し,医薬品の戦略的管理や米国への輸出禁止を発表すれば,米国は新たなコロナウイルスの海に落ちることになる」報じた。新華社は共産党直轄であり,記事はその指示によると理解されている。

 記事に反応してか米国の議員の一部が,中国の医薬品や必須製品への依存をなくすことを目的とした法案を発表した。マスクさえも造れなくて安全保障が成り立つのかという憤りであろう。米国の安全保障上のサプライチェーン見直しは一層強化され,国産品供給要求が高まっている。他方では中国の政府補助金や中国製造2025計画廃止などの米側要求は,従来以上に先鋭化しそうだ。

 第2に,コロナ・パンデミックの責任論で,中国と米国など他の国々との関係の行方が懸念される。

 中国外交部の趙立堅報道官が,「昨年米軍関係者が武漢にウイルスを持ち込んだ」とツイートして,米国で怒りが燃え上がった。もっと重大なことは,習主席が新型コロナウイルスについて「病原がどこから来て,どこに向かったのか明らかにしなければいけない」旨の論文を3月16日付け「求是」誌に寄稿したとことである(新華社報道)。この時期に最高権力者がこのような論文を発表すれば米国責任論を示唆していると理解されるのが自然であり,円滑な意見交換は困難になる。習主席は国内のコロナ蔓延,世界パンデミックの責任を逃れるために責任を米国に転嫁しようとしていると推測されているが,米側が対応するはずもないし,米世論の強い反発を呼んだ。

 トランプ大統領は3月27日に習主席との電話会談の後「我々は緊密に連携している」と書き込み,「チャイナ・ウイルス」と呼んだ中国批判から一転沈静化して,協力関係を優先した。しかし米国では民間の弁護士が,中国政府に対して欺瞞行為,隠蔽などを理由に集団訴訟を次々と提起しはじめた。中国は,米国の特異な集団訴訟に苦しむことになるだろう。

 最後に,米国の回復が遅れれば,中国の影響が世界に広がることになりそうだ。

米国では国民的医療制度の不備,失業,原油価格暴落,株価大暴落と家計打撃などにより,大恐慌を懸念する声も一部に出ている。他方すでに中国は産業も輸出も動き始めているから,米国やEUの回復が遅れて国家間の協力が後退すれば中国は当然に世界中でその穴を埋めることになる。

 中国の情報通信技術による国民管理に対して先進国では拒否感が強いが,コロナ禍に対して有効だったことは否めない。仮に欧米の回復が進まなければ,発展途上国にとっては中国の情報通信技術や専制的制度による発展方式が魅力を増すだろう。第一次大戦後の世界恐慌の際に,迅速に再建を推進したドイツの国家社会主義とソ連の共産主義は,開発の困難に苦しむ国々に強い影響を与えた歴史もある。当時の米国は欧州民主主義諸国との協力よりも,孤立主義のもとに引きこもっていたことも想起される。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1692.html)

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