世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1691
世界経済評論IMPACT No.1691

国家と国民

三輪晴治

(エアノス・ジャパン 代表取締役)

2020.04.13

 安倍首相は4月2日突然,コロナウイルスの感染拡大に対して「マスクを全世帯に2枚ずつ配布する」と宣言し,「急激に拡大しているマスク需要に対応する上で,極めて有効だ」と言った。このニュースを見て私の孫が「マスク2枚もらってもどうしようもないよ」とつぶやいていた。アメリカの友人は「政府がマスク2枚配るとは,よっぽど日本の国は大変なんだな」と言って,直ちに私に100枚のマスクと100枚の手袋をエアーメールで送ってきてくれた。

 菅官房長官は,その2枚のマスクを「日本郵政を使って届けさせる」と誇らしげに言っていたが,日本政府のやることは,必要なマスクを直ちに量産するように日本企業に対して働きかけ,その量産されたマスクの流通供給体制を監視し,国民の手にいきわたるような対策を打つことである。

 コロナウイルス感染は人から人への感染が主で,人の移動や集合によって感染が激化する。それを防ぐには人の移動を一時止めなければならない。中国は,少し遅れたが,コロナウイルスの震源地である中国の武漢をはじめとして多くの都市を「都市封鎖」した。そのためか,中国のウイルス感染者の数は,絶対値は別として,傾向としてスローダウンしてきている。アメリカのトランプは,最初コロナウイルスはアメリカでは大丈夫と高を括っていたが,中国人や外国人の往来が激しいニューヨーク市,サンフランシスコ,ロサンゼルスなどでウイルス感染者,死者が激増してから,「外出禁止令」を出し,いろいろの手を打っている。世界的に見てもイタリア,フランス,スペイン,イラク,など中国人の行き来の激しいところでウイルス感染が深刻である。イタリアのミラノやフランスのパリなど感染の厳しいところは「都市封鎖」「外出禁止」をしている。

 そしてアメリカは,いち早く外国からのアメリカへの入国を禁止した。今やアメリカでは国内での他州への移動も制限されている。震源地の中国も移動制限をやっている。筆者の会社があるアメリカのサンディエゴも,「外出禁止令」がでてから社員は全員自宅でテレワークをしている。とにかく,コロナウイルスは,人が出歩き,集会などで触れ合うと,感染が拡大する。感染拡大を止めるには人の動きを止めることである。日本はこの点で大きな誤りを犯している。

 日本のウイルス感染者が激増し,特に東京都の1日の感染者数が60人ぐらいになり,政府,東京都は「不要不急でない限り,外出をできるだけしないでほしい」という「自粛要請」をし始めた。しかし未だに(4月5日現在)日本は「要請」であり,「都市封鎖」「外出禁止令」ではない。

 しかし人間の経済社会のなかで人の移動制限する「外出禁止令」「都市封鎖」は,経済活動に大変な被害をもたらす。人が集まるレストラン,商店,娯楽・映画館,集会所,ホテル,旅館,運輸業などは直ちに売り上げがなくなる。企業でも社員がテレワークのできない業種は事業がストップする。テレワークができる企業で商品ができても顧客がビジネスをシャットダウンしていていたら商品を買ってくれない。このままでは破産する企業が沢山でてくるし,失業者が大量にでて,自殺者もでる。日本では既に非正規社員の契約解除とか人員整理が進んでいる。

 アメリカのトランプは,このためにGDPの10%に当たる230兆円をその経済損失に対して投入すると「大統領令」で発表した。中小企業に37兆円を給付する。個人企業を含めてすべての企業にコロナウイルス災害により利益が減った部分は政府が金を「給付」するというのである。「貸付」ではない。しかも1回限りではない。アメリカ国民にも1人当たり1,200ドル,子供に500ドルを給付するとも言っている。

 災害救済法で,社員をレイオフしない企業に対してその社員の給料の80%を給付する。そしてコロナウイルスで売り上げが減ったための利益損失の分に対して金を給付する。それ以外にもFRBは低利で,無担保で資金を貸しだす。そして雇用維持する企業に対してタックス・クレジット(社員1人にたいして3か月で1万ドルまで)を与える。このようにして企業が雇用を守ることを確かなものにする。筆者のサンデイエゴの会社も国と州政府,市事務所に対して,「災害救済法」に基づくこのような「給付」の4つのプログラムを3月末に申請を完了した。アメリカ政府にはイノベーションを興そうとするスターアップ企業を潰してはならないという考えがあるようだ。イギリス,ドイツ,フランスも同じような対策を取り始めている。

 ところが日本では1世帯に2枚のマスクを与えるとか,1世帯に1万2千円を与えるとか(4月3日にそれを吊り上げ,岸田氏が1世帯に30万円支給すると言っているが),これから補正予算を組む議論をしようとしている段階である(4月5日現在)。

 つまり国家が「外出禁止令」「都市封鎖」を行うには,国家はそれによる経済的ダメージを企業,国民に補填しなければならない。日本政府が「要請」だけで,「外出禁止」「都市封鎖」をしないのは,国がその「補填」を国民にしたくないからかもしれない。そういう意味では,日本国家は日本国民を守らないのだろう。

 日本政府のコロナウイルス対策について外国特派員は疑問を呈している。「他国と比較して情報発信の透明性が低い」「日本の政府には都市封鎖を含めて,さらに厳格な政策を定め,検査体制を強化することを期待します」「東京都が確保した病床数があまりに少ないことに理解に苦しむ」「日本は医療危機に直面する準備ができていないように見える」「入国禁止は総ての国に向けて実施すべきだ」。

 政府は鉄道会社に依頼してどこの電車でも「国土交通省,厚生労働省からのお知らせです。コロナウイルス災害のために自宅でのテレワーク,時差出勤をお願いします。手洗い,アルコール消毒を頻繁にしてください」とアナウンスさせている。しかし自宅でのテレワークや時差出勤は乗客に言ってできるわけではなく,政府が企業に働きかけなければならない。アルコール消毒を頻繁にしなさいと言っているが駅構内には殆どそれが見当ら無い。

 国有地売却や財務省の公文書改ざんで財務省の職員が自殺して,その遺書と手記が公表された。しかし財務大臣も首相もそれを全く無視している。日本国は北朝鮮に拉致されたものを奪い返していない。現在中国に日本人が十数人拉致されているという。それなのに習近平に国賓で日本に来てもらおうとしていた。もしアメリカ人が中国に拉致されたらアメリカ国家は必ず武力をつかってでも取り戻す。日本の国家は国民を守らないで,国民を切り捨てにしていることになる。

 人間は一人では生きていけないので多くの人が集まり国をつくる。いろいろの外敵から国民を守るために,国は防衛力を持ち,国民を豊かにするために産業を開発してモノを造り,富を創り,蓄えをして,国民が豊かになるような仕組みを作る。そのために国家が必要とする資金の一部を国民は税金として国に収める。

 アメリカ合衆国憲法の第1条8節1項には,国の防衛力,国民の福祉を増強するために,租税,関税,間接税,物品税を賦課し,徴収する権利を連邦議会に与えることが記載されている。そして3節には,連邦議会に,国内の通商(産業通商),諸外国との通商を拡大発展させる権限を与えている。つまりアメリカ合衆国憲法は,国が産業を興し,国民を安全に,豊かにすることを目的にしている。

 しかし,アメリカから与えられた日本国憲法には,戦争の放棄,国民に基本的人権を持たせ,健康かつ文化的な最低限度の生活を営む権利を国民に与えると書かれているが,誰が,日本国民に「基本的人権を持つ生活」を保障し,そして誰が「健康かつ文化的な最低限度の生活」を国民に与えるのかは書かれていない。国民が勝手にやりなさいと言うのかもしれない。

 かつて持っていた,武士道の精神「覚悟」,「責任」というものを日本の国も国民も戦後捨てしまったようだ。現在の日本は,非常事態になっても,黒船が現れても,右往左往するだけで,何も出てこない。日本にはその災害・危機,外敵に敢然と立ち向かって,国と国民を守るという覚悟と勇気が無くなっている。今の日本政府は日本国憲法の通りにやっていると言うのであろうか。そうであれば日本は憲法を改正しなければならない。しかしそれは日本が戦争する国になるためではない。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1691.html)

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