世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
緊急事態への産業社会としての中長期的取り組み
(エコノミスト )
2020.04.13
昨年までの景気動向は低成長とはいえ,比較的長く続いた「好景気」もいずれ不況に陥るだろうと多くの人は予測していた。半年ほど前に私が主宰している読書会で,かつてパスツール研究所にいたことがあるウイルス学の専門家らとメチニコフの本を講読し,14世紀のペストの蔓延などの話で盛り上がったが,よもや現在の世界的感染症により,景気の断絶が発生するとは考えていなかった。確かに,今期の冬は当地ではほとんど積雪がなく,100歳近い古老の話でも初めての経験だとのことであるから,異常事態はいつどんな形で起こるかは解らないと覚悟していた。
グローバル化で,また経済のサービス化の進展で産業構造が劇的に変化し,人の国際移動が過剰に派生していることが,今回の状況を招いたのである。しかも,密集することが経済活性化策のモデルとなっている現状において,起こるべくして起こったともいえる。中国「大躍進」期の密植農法さえ連想してしまう。デフレ・スパイラルが長期化すれば世界恐慌も起こりかねない情勢であるが,ここは英知を集め打開する以外にない。戦前には高橋是清大臣がおり,この高橋財政はケインズほどの理論的考察に基づいたものではなかったが,先駆的であり政治家としての直観と決断の賜物であった。
1930年代の大不況から脱出した政策は,ニューディール政策や再軍備であった。その結果,肥大化した有効需要を世界大戦後に如何に抑えるかが課題になる。そして,各国政府は想定される戦後不況を回避するため,経済計画や計画経済による経済政策運営を採用することになる。これは軍需産業の民需への転換と「豊かな社会」への大転換という,さらなる経済の拡大でもあった。もし現在の世界的景気縮小が持続した場合,この教訓を政策的に再現して良いものであろうか。過剰成熟の感が強い現代経済社会にあって,これは避けるべきであろう。この点に関して,クズネッツは予言的に次のように自らの業績を表現している。近代経済成長は必ずしも超歴史的な現象ではなく,「のちの段階では重要ではなくなるかもしれ」ず,研究成果を「部分的な貢献」にすぎないと結論付けている。教授は国民所得概念による近代経済成長の歴史的限界を認識しているのである。
人類史の折り返し地点を何処に置くべきかの議論は極めて難しいし,おそらくは不可能であろう。しかし,いつかは絶対限界にぶつかることは誰もが認識している。現在のような前代未聞の世界的事態への提言は,将来を嘱望されている若い世代の知識人ではリスクが大き過ぎる。厳密な理論的フレームワークでは「解」は見出し得ないし,判断に誤りが生じれば,即,学会追放ということになるため,「特別行動」の任はやはり既に然したる将来もなく,老い先短い者がその任に当たるべきであろう。
あまり経済学的分析に裏打ちされた施策とは思えないが,中長期的課題と当面する緊急的課題の別なく列記すれば,以下の諸政策は必要条件であろう。
①各国の協力,特に中国への要請について。
世界トップの外貨準備を保有している中国は,黄砂や大気汚染による国境を超える健康被害・環境問題対策にどこの国よりも積極的に関わるべきである。これは膨張する軍事予算の削減を伴って進める必要がある。世界市場から得られた所得機会への恩返しでもある。
②我が国の予算編成替えのために必要な主な項目について。
・不要不急な公共工事の見直し(『都市計画道路に関する課題点検,見直しについて』国土交通省,平成29年4月11日。参照)
・高齢高所得者の所得の寄与について。
高齢者年金は一律にし,高齢有閑階級の過剰な所得を若年層に移転すべきである。
③産業構造の見直し。
・製造業のサプライ・チェーンの切断が,益々産業空洞化に拍車をかけないようにする。
・異常な大規模イベントの削減。
・観光依存の産業による経済構造の弱体化を見直す。
・雇用問題に関連して。
零細企業の資本系列化による企業体質の強化,及び非正規雇用の大胆な削減。
・地方分散型居住と通信ネットワークのフル活用によって,勤務形態を改革する。
④大規模な補助金政策による「下振れ対策」も必要になってくる可能性があるが,やはり民間活力によってこれが実現できれば,「統制経済の恒常化=社会主義化」の道に入ることなく,一時的・緊急政策で不況を抑えることができるのではないか。
問われているのは,各国経済構造の抜本的改革である。エネルギー多消費型の経済社会を見直し,静かな世界を取り戻そうではないか。「モアイの石像造り」もある時期から放棄されているのだから,規模の比較はさておき出来ないことはないだろう,と楽観的になるが如何であろうか。「働き方改革」の一層の改革のために,今回の事件を梃子にできれば「災厄転じて」ということになる。
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