世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1682
世界経済評論IMPACT No.1682

グローバル・エコノミーが直面するパンデミック・ショックと「危機管理」

平田 潤

(桜美林大学大学院 教授)

2020.04.06

 現在,世界中が新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の重大な脅威に晒されている。昨年冬に中国武漢に突然登場し,その実態が断片的に報じられて我々の知る所になってから,国境を超えて近隣諸国に波及し,さらにわずか約3か月で,遠く欧米諸国そして地球規模で感染が爆発〔パンデミック〕した。現在の感染者は204か国・地域で約65万人,死者も約3万人にのぼっており(3月28日現在),事態の悪化に歯止めがかからず,極めて深刻な災禍となっている。

 日本でも各地で感染クラスターが断続的に発生し,大都市を中心にPCR検査の陽性反応者が増加し,ついには首都東京でのオーバーシュート発生の懸念,ロックダウンの可能性が取りざたされるなど,今や我々は新たな感染症への日常的恐怖に直面している,といえよう。

 専門家が共通して指摘するところでは,①現状どの地域でも人々には免疫が無く,ワクチンはできておらず,決定力ある治療法が確立していない,②全般的にみれば致死率はそれほど高いとはいえないが,高齢者を中心に重大な呼吸器症状を引き起こし,とくに基礎疾患保有者の重篤化が顕著,③潜伏期間がかなり長い事例や,感染しても発症しない患者が多く,周囲に〔無意識に〕感染を拡大させる(スーパー・スプレッダー,ステルス・キラー)現象が世界各所で生じ,患者が激増している〔結果的に感染力は高い〕など,非常に手強い感染症と考えられている。

 さてグローバル・エコノミー時代では,国境を超えた貿易/投資は勿論,ツーリズム・エンターテイメント産業の発展が著しく,交通・運輸は高速(航空機),大量〔大型船〕かつ高頻度で行われるため,ヒト・モノの移動は急速に増大・加速している。そうした中で,新型コロナウイルスの拡散スピードは非常に速く各国の想定を超えてしまった,といえよう。

 また今回日本に寄港した大型クルーズ船の事例では,「クルーズ観光」に内在するリスクが顕在化すると共に,顧客・乗員・船会社・寄港地・検疫当局・上陸観光地等が緊密な連携と協力を行わないと,感染や感染リスクが一段と高まってしまう「現実」を,目の当たりにしたわけである。

 今回のような未知で拡散力が高い感染症への「危機予防」として,国境〔主に検疫・隔離制度による〕での水際撃退だけでは十分にカバーされず,まさに(a)グローバル〔初動時での情報共有や医療的防護体制への支援などが重要で,国際機関=WHOやEUなどが真価を問われよう〕で,(b)何重にも及ぶ,(c)迅速で,かつ(d)慎重な対応が必要となっている。

 20世紀末とくに90年代以降には,世界経済は冷戦構造終焉と市場経済化,科学技術の飛躍的発展,とくにIT革命が牽引する第4次産業革命が進展するなかで,グローバル化と共に顕著な発展を続けてきた。その成果は著しいものであったが,グローバル化——即ちヒト・モノ・カネ・情報の移動・流通速度の拡大・増大は,同時にその副作用として,さまざまな危険因子(Global Dangerous Elements, GDE),破壊因子(Global Disruptor)の拡散も増幅・加速してきた。即ち(a)ヒト(ISに象徴されるテロリスト,テログループ等),(b)モノ(麻薬等の違法・禁止薬物や有害・生態系を激変させる動植物の流入など),(c)カネ(マネー・ロンダリング,ダークWEB等を使った違法な金融取引),(d)情報(政府機関や企業,社会のインフラ網に対するサイバー・テロ攻撃,電子機器などへのウイルスやマルウェアによる攻撃,フェイク情報拡散)の各分野で,我々が直接・間接に直面しているリスクである。

 そして今回は,以前〔2018年〕にジョンズ・ホプキンズ大学が報告・警告(The Characteristic of PANDEMIC PATHOGENS)した(e)GCBR(Global Catastrophic, Biological Risk,地球規模での破滅的な生物学的リスク)が,新型コロナウイルスの形で実現し,多くの国々に深刻なダメージをもたらしている。

 さて,グローバルな危険因子(以下GDE)への危機予防・危機管理の際に登場する「難問」として,諸危機/リスクに最初に直面する「現場」(第一次の当事者として最もリスクに晒される,医療・介護従事者や施設,空港・検疫従事者,各種システム運営・保持・修復担当者他)の強化が,実は各国ともに容易ではないことが,否定しがたい「実情」として挙げられよう。

 平時では総論として「危機管理」の重要性は強調されるものの,各論では財政事情による縛りは厳しい。そしてリスクの実現可能性について(統計的・経験科学的に基づいて)低い(ましてやブラックスワンとされる場合もある)と評価されたり,防御体制整備による費用対効果がそれほど大きくないと見做される場合,「現場」はコスト要因として合理化・効率化圧力にさらされ,また統合・再編の名のもとに単なる組織の組換えで終わったり,実質的にカット・簡略化・軽視されかねない。しかしながら,こうした「現場」は,さまざまなGDE(比喩的に言えばウイルス)に抵抗する「免疫細胞」に相当する役割を果たすのであり,危機予防・危機管理上,最も重要な位置づけが必要であろう。

 次にGDEの克服に対処する危機管理システムを維持し,高度化していくことが肝要である。今回の新型コロナウイルス等の場合であれば,ワクチン開発や治療薬開発を迅速に行える体制,金融/情報面でのウイルスへの防御体制ではシステム構築・更新(AIやホワイトハッカーの活用も含めて)が必要である。これらは危機管理上の「最安価危機回避者(最も小コスト・負担で,最大危機/テールリスクを有効に回避できる,あるいはそのダメージを最小にとどめることができうる)として位置付けられよう(詳細は拙著「21世紀日本型構造改革試論」,弘文堂,2014年)。

 最後に,危機管理で最も重要なのが優れた「リーダーシップ」である。深刻な危機や閉塞状況に直面した場合でも,危機を正面から受け止め,危機の原因や背景を検証しつつ,再生に向けて強力かつドラスティックなリーダーシップが必要とされる。現在深刻な苦境に立っている米国であるが,かつて米国経済史上空前の危機といわれる大恐慌時に登場したF・ルーズベルト大統領政権が,1939年代に展開した「3つのR(Relief, Recovery, Reform)戦略」は,危機管理政策の要諦・優先順位を示す指針として,今なお教訓的であろう。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1682.html)

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