世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
日本のサービス収支黒字の維持・拡大に向けて
(東京国際大学 教授)
2020.03.02
2020年2月財務省発表の2019年の国際収支統計速報によると,日本のサービス収支は,現在の統計となった1996年以降で初めて黒字になった。2018年に比べ貿易収支と第1次所得収支の黒字幅が縮小する中で経常収支黒字額が4.4%増加したのは,サービス収支黒字化の貢献が大きい。貿易収支に関しては米中貿易摩擦や世界経済減速の影響を受けて輸出が6.3%減少,輸入が5.6%減少し,黒字は53.8%減少して5536億円となった。第1次所得収支の黒字は0.6%減少して20兆7202億円となった。その一方でサービス貿易では受取が4.7%の増加,支払が1.0%の増加となった結果,収支は2018年の8062億円の赤字から1758億円の黒字となった。
様々なサービス項目の中で,日本の黒字額の大きい旅行と知的財産権等使用料が注目される。日本の旅行収支は,2015年に黒字化し,黒字額は2015年の1兆902億円から,2018年には対前年比21.7%増の2兆4161億円へと増加した。特に2018年の増加の背景には,クルーズ船利用の来日観光客の増加を国際収支統計に反映すべく,2018年の国際収支統計からクルーズ旅客消費額を旅行収支受取に計上することとなった影響もある。2019年も来日観光客は増加し,旅行収支黒字額は2018年比9.1%増の2兆6350億円となった。
しかし詳しくみると,2019年4~9月の訪日客数は,ラグビーワールドカップ効果もあって前年同期比3%増の1636万人となったが,2019年通年の訪日客実績は3188万人にとどまっている。政府は訪日プロモーション事業において「2020年の訪日客4000万人」との目標を立てているが,世界的に新型コロナウイルス感染拡大が続いている現在,先が読めない。
同時に政府は「2020年における訪日外国人旅行消費額8兆円」達成の目標も掲げ,訪日客1人当たり消費20万円を見込んでいる。しかし新型コロナウイルス終息後でも,消費額目標達成は困難とみられる。その理由として,訪日客の近隣アジア地域への集中度の高さが指摘される(日本経済新聞,2020年2月13日付)。特に日韓関係悪化後に中国人旅行者の比率が高まり,1人当たり支出が落ちている中国人旅行者依存では外国人旅行消費額増加は期待できない。事実2019年の訪日客消費額は4兆8113億円,1人当たりでは15万円台にとどまった。
旅行収支の黒字拡大に向けては,消費額の大きい訪日客を広く世界から集める必要がある。昨年9月に限っては上述のようにラグビーワールドカップ日本開催の効果で,観光客数は前年同月比でイギリスからは84%増,フランスからは32%増となった。これを契機として,今後も日本のよさをアピールする策を講じつつ様々な外国人向けサービスを充実させることで,訪日インバウンド成長が見込まれる世界各地域からの観光客増加に繋げていくことが重要である。
一方の日本の知的財産権等使用料の収支に関しては2003年に黒字化し,黒字額は2003年の1491億円から2019年の2兆2924億円まで一貫して増加してきた。この背景として,海外生産を行う日本企業が,海外現地法人に対して新技術等に係る権利の使用許諾を与え,日本側で産業財産権等使用料を受け取るという形でのサービスの受取額が大きくなっていることが挙げられ,自動車産業を中心とする日本の製造企業活動のグローバル化の影響が大きい(日本銀行国際局資料)。
今後も企業のグローバル展開が活発化すれば,こうしたサービスでの黒字は確保できる。しかし一方で,企業のグローバル化には,サービス支払い増加に繋がる要因もある。IT関連企業による海外拠点に対する開発委託費の支払い,ソフトウェアに係るロイヤリティ支払い,研究開発の海外子会社等への委託に対する支払い等である。また,「委託加工」や「維持修理」などの項目でも,製造企業の海外進出に伴う海外子会社への支払いを増加させる。したがって,今後の企業活動の国際展開によるサービス収支への影響は不確定である。
ところで世界的にサービス貿易の重要性の高まっており,世界でのサービス貿易額の商品貿易額に対する比率は2008年の24.5%から2016年には31%に上昇し,その後も30%程度を保っている。その中で,米国のサービス輸出額は2018年には8080億米ドルと世界輸出額の14%を占め,特に旅行サービス輸出額は2145億ドル,同輸入額は1442億ドルと大幅黒字,知的財産権等使用サービスの輸出額は130.4億ドル,同輸入額は53.8億ドルとこれも大幅黒字である。米国の知的財産権等使用サービス輸出額は日本の2.9倍と大きく,米国の出願特許の質も高い。
日本はかつて先端技術分野の特許出願で優勢であったが,その後実用化や規格争いの中で競争力を失ってきた。しかし一方で,「2017年データによる日本経済新聞社・アスタミューゼ共同分析」によると,先端技術10分野における特許の影響力や将来性などを加味した「特許の質」が高い世界企業では,100社中18社が日本企業であり,米国の64社に次ぎ世界第2位とされる。今後日本がサービス貿易において世界で存在感を示し黒字を維持・拡大させるには,既述の旅行項目とともに先端技術分野で競争力を高め,海外での日本の特許技術利用の活発化を通じてサービス収入を増加させることが重要である。
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松村敦子
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