世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
COVID-19問題から新興感染症リスクを再考する
(名古屋外国語大学 教授)
2020.03.02
新型コロナウイルス感染症(以下,COVID-19)問題が連日トップニュースで報じられているが,この問題はグローバル化の影の部分といえる。一昔前ならCOVID-19は恐らく中国の一地方の風土病で終わっていた話であろう。しかし,ヒト・モノ・カネが短時間で国境を越えて行き交う時代には,本来ローカルにとどまっていたはずのリスクが世界規模で顕在化する。
COVID-19は,2002年11月の中国の症例に始まり,2003年7月に世界保健機関(WHO)によって終息宣言が出されるまで,32ヵ国・地域で8,069人が感染し,775人が死亡した重症急性呼吸器症候群(以下,SARS)と比較される。しかし,SARSの発生からすでに17年余りが経過し,中国の世界的なプレゼンスが当時とは比較にならないくらい拡大したことが,COVID-19による被害を甚大なものにしたといえる。
国際通貨基金(IMF)によれば,2003年の中国の国内総生産(GDP)は1兆6,711億ドル(世界第6位),シェアは4.3%にすぎなかったが,2018年には13兆3,681億ドル(世界第2位)と約8倍に拡大,シェアは15.7%と4倍近くに増加した。また,世界貿易機関(WTO)によれば,2003年の中国の貿易総額は8,510億ドル(世界第4位),シェアは5.6%だったが,2018年には4兆6,230億ドル(世界第1位)と5.4倍に拡大,シェアは11.8%と2倍以上増加した。さらに,中国国家統計局によれば,中国人の出国者数は2003年の2,022万人から2018年には1億6,199万人と約8倍に増加している。
加えて,COVID-19の発生地とされる湖北省の省都武漢市は,華北,華東,華南,西部を結ぶ中間に位置し,北京市,上海市,広州市,重慶市などの主要都市からも直線距離で1,000km以内という地理的優位性を活かし,交通・物流の要衝として発展していることも,感染の拡大に拍車をかけたといえる。
COVID-19は中国進出日系企業にどのような影響を与えているのだろうか。上海日本商工クラブが2月10〜12日かけて実施した会員企業緊急アンケート(回答635社)の結果をみてみよう。2020年の収益への影響見込みについては,約半数の企業が「10%超の減益」を見込んでいる。ただし,減益見通しの中でも,中国ビジネス戦略の変更については,44%が「変更しない」と回答する一方,「変更する」との回答は3%にとどまった。
中国内の工場等の操業停止がサプライチェーンに与える影響については,54%と半数を超える企業が「既に及んでいる」と回答した。また,中国内の工場等の操業停止が継続する場合,代替生産・調達が可能かとの問いに対し,「不可能」と回答した企業は31%と3割を超えた。こうした中でも,一部業務の日本国内回帰や第三国移管の可能性については,47%が「予定なし」と回答したが,他方では「まだ分からない」とする企業も45%あった。
中国では部品産業の集積が進んでおり,日系企業はこうした産業集積を活用してサプライチェーンを強化してきた。近年の対中投資の問題点として,従業員の賃金上昇が指摘されるが,製造原価に占める人件費の割合は2割程度であり,約6割は部品・原材料が占める。よって,部品・原材料をいかに安く早く調達できるかが企業のコスト競争力上重要な要素になっているわけだが,そういう意味で,産業集積は対中投資のインセンティブとなっている。日本貿易振興機構(ジェトロ)が2019年11月に公表した「2019年度アジア・オセアニア進出日系企業実態調査」によれば,調査対象20ヵ国・地域の中で,現地調達率が最も高いのは中国で,69.5%と約7割に達している。しかし,中国国内で工場が操業停止になり,サプライチェーンが切られるような状況になれば生産活動に支障を来す可能性が高いことは,上海日本商工クラブのアンケートの結果からも明らかである。産業集積という中国の強みは,COVID-19の発生により,逆にリスクの形で顕在化したといえる。
今や新興感染症は海外投資におけるリスクとして認識せざるを得ず,その対策は海外での企業経営における喫緊の課題となっている。しかも,グローバル化が進展する中で,新興感染症の脅威にさらされるリスクは以前にも増して高まっているといっても過言ではない。COVID-19問題は,人件費や部品・原材料などの生産コストだけでなく,カントリーリスクも含めた総合的な投資環境とリスクヘッジを考慮した国際分業体制を構築していくことの重要性をあらためて示唆したといえよう。
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