世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
日本的経営の再構築:破壊への軌路
(エアノス・ジャパン 代表取締役)
2020.02.17
世界競争ランキング
国際的に見て,日本産業の衰退が止まらない。スイスのビジネススクールIMDの世界競争力センターは2019年版「世界競争力ランキング」を発表した。「マネジメント慣行」,「適応性」,「アジリティ」,「腐敗」,「政府効率」,「インフラ」,「ビジネス効率」などの235の指標で競争力を評価している。1位シンガポール,2位香港,3位アメリカ,4位スイス,……で,日本の順位は,近年下がり続け2019年は30位に落ちた。カタールが10位,中国が14位,アイスランドが20位,タイが25位という。どうもこの評価の基準はおかしいのではいかと思える。
しかしこの評価は別としても,1990年以降,日本がデフレになって以来,かつては世界に君臨していた日本の産業がガタガタと衰退してきた。日本の半導体産業,家電産業,造船産業,通信機器産業,鉄鋼産業なども世界の競争の場から押し出されてしまった。日本半導体産業はアメリカに潰されてしまったが,その他の産業は自壊してしまったと言わなければならない。今日世界で先端技術開発の競争が繰り広げられているが,通信機器技術5G・6G,量子コンピュータ技術,サイバーセキュリティ技術などでは,日本はその競争の舞台に上がれていない。日本の企業経営力が落ち,技術開発力も落ちてしまった。
アベグレンとボーゲルの見方
1958年ジェームス・アベグレンが『日本的経営』を書いた。戦後の日本産業の発展を見て,アベグレンは日本産業の経営の強みを描いた。日本の経営の強みとして,「終身雇用」,「年功序列」,「企業内組合」を指摘し,これを日本的経営の「三種の神器」と呼んだ。これ以外に,根回し,集団合義制,多能工,ゼネラリスト,社内教育,福利厚生施設なども日本的経営の強みになっていると言った。
1979年にエズラ・ボーゲルが『ジャパン・アズ・ナンバーワン』を書いた。彼は,アメリカ産業に「日本から学べ」と言って,1970年代の日本産業の大発展に基づき日本的経営について書いた。彼はこの本で,日本は,終身雇用制度を前提にして,社員研修に力を注ぎ,社員の培った知識を会社の共有財産にしていると言っている。日本社会の強みは「知識の重視」であり,各集団が組織的に知識を収集し,蓄え,さまざまな事態に対処できるようにしている。これで社員が思う存分自分の力を企業で発揮できる。日本の「根回し」は,経営意思決定にいたるための知識・情報収集の方法として,また組織を強く良好に保つ方法として,大いに意義があると評価している。
1970年代の日本の奇跡的経済発展
第二次大戦後アメリカは,日本を再び戦争しないような,産業力の弱い国にしようとしたが,ソ連陣営の勢力が拡大してきて,更に共産主義の中国が台頭してきたので,共産主義陣営の勢力に対抗するために,日本をアジアの防波堤にすることにした。そのためアメリカは日本に技術も与え,資本も貸して,日本の産業を拡大させ,経済力をつけさせた。
日本は,アメリカから教えてもらった技術をもとに,「日本的経営」を編み出し,政府と産業と社員が一体になって日本産業を拡大し,奇跡的な経済の発展を遂げた。品質管理技術はアメリカに教えてもらったものだが,日本はそれを更に進化させ,品質管理の国民運動にまで展開し,世界一の品質管理力を持つ国にした。そして,1960年から始まった池田内閣の「国民所得倍増計画」が日本産業の発展をサポートした。これがアベグレンやボーゲルが指摘した「日本的経営」である。
「日本的経営」は,社員が,首切りの心配もなく,思う存分会社の仕事に打ち込める環境を造った。企業の発展は,企業が社員を大切にし,全社員が積極的に仕事に打ち込むことができるかどうかによる。このようにして1960年から1980年にかけての日本の奇跡的な経済成長が起こった。こうした産業経営環境はアメリカにはなかった。
これにより日本産業はアメリカ市場を席捲し,アメリカ産業を打ち負かしてしまった。1980年ころからアメリカはこの日本を叩き始めた。半導体産業,家電産業,自動車産業はアメリカにより叩かれ,弱体化させられた。そしてアメリカは「構造協議」,「年次改革要望書」で日本の市場を開放させ,「日本経的経営」を壊してきた。
グローバル化の行き過ぎによる経済,産業力の衰退
アメリカは1975年頃からミルトン・フリードマンの「新自由主義」を旗頭にしてグローバル化に走りだした。企業は,世界で一番安い労働者を求めて移動し,アメリカが助けた中国の鄧小平の進めた「中国の世界の工場」により世界のサプライチェーンを変え,先進国の多くの工場をオフショアーに移させた。また商品,技術も,世界は同じ「アメリカン・スタンダード」を追い求め,「コスト切り下げ」という「底辺への競争」が起こり,産業は疲弊していった。無国籍企業だけは儲かったが,アメリカ経済は停滞し,世界も長期停滞に入った。無国籍企業はタックスヘイブンに走り,国家に税金をあまり払わない。
2001年,小泉内閣がアメリカの,グローバル化の尻馬に乗り,賃金を下げるために「非正規社員制度」,「派遣社員制度」を造り,移民を入れ,「構造改革」「なんでも民営化」と言って,企業が首切りをしやすいようにした。そしてカルロス・ゴーンが日産自動車の大リストラをして以来,日本企業は,遠慮会釈もなく首切りをするようになった。大学も任期の特任助教という臨時工のような不安定な状態にしている。これで日本の大学の研究力が低下してきた。
「日本的経営」は時代遅れのものだとして,「アメリカの経営」を真似し,数字を追いかけることが経営であると思うようになった。新入社員を採用して,社内で教育し,社員を育てるのではなく,使える人だけを採用し,要らなくなったらすぐ首切りをする。これにより,日本の強みであった品質管理運動も廃れていった。アメリカの制度であった4半期ごとの決算制度にして,ROIで短期的な利益を追い求め,長期的な経営戦略もできなくなくなり,「中央研究所さようなら」ですぐ効果が出てこない「基礎技術研究開発」を止めてしまった。
こうして「日本的経営」は壊され,技術力も衰退していった。最近の日本の経営者は「今だけ,金だけ,自分だけ」になってしまった。アメリカのIMFからは国の「財政の均衡」を迫られ,財務省は「緊縮財政」をがむしゃらに進めている。そして経営者の仕事が「コストカッター」であるとされ,日本経済はデフレの底に転落してしまった。
2019年,トヨタ自動車の豊田章男社長は,「もはや終身雇用を続けるのは難しい」と述べた。経団連の中西宏明会長も「企業から見ると(従業員)を一生雇い続ける保証書を持っているわけではない」と発言し,今日本企業は日本の雇用制度を変えようとしている。日本文化といえる「企業と社員が一体になって事業を進める」ものを壊そうとするものである。
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