世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
ハノイ,ホーチミンで活躍する日本人起業家達:ICTと食と社会起業を志向する
(都留文科大学 教授)
2020.02.03
経済が躍動するアジアの地で,日本を飛び出して起業する日本人起業家の活躍が目立ってきているが,ベトナムでも然りである。ベトナムの日本人起業家たちのキーワードは,①ICT,②食,そして③社会起業である。
昨今,世界的なICT人材不足を背景として,若いIT人材が豊富なベトナムで,日本などの先進国のIT開発のバックアップをするオフショア開発拠点が次々に出来ている。東南アジア最大のFPT(技術者数13,000名以上,内日本語人材4,000名)を筆頭に,ハノイもホーチミンも数百社出来,しのぎを削っている。2017年にはベトナムソフトウェア市場は1兆800億円(ベトナム情報通信省)に膨れ上がった。このような市場環境をビジネスチャンスとして捉えて起業する日本人起業家も現れている。
1995年のハノイ留学以来,足掛け25年の浅井崇氏(あさい たかし)氏は,2002年にベトナム人ITエンジニアたちと組んでIndividual Systems社を設立した。国内4拠点280人のベトナム技術者とオフショア開発およびシステム開発で200社余りの日本企業を海外から支えている。
1994年ゼネコンのハノイ所長として赴任した浅山雄二氏は,98年のベトナム撤退を機に退職し,日本の親会社のオフショア開発拠点として,Mobile Mapping Vietnam社(ハノイ)を立ち上げた。その後,親会社の倒産,主要納入先喪失等の危機に直面しながらも,自力で事業再生を行い,220名の技術者を擁するまでになった。
大学卒業後,外資系コンサル会社,VC(ベンチャーキャピタル)のコンサル部門,ベンチャー企業の取締役を歴任した奥田聡氏は,日本のIT人材の不足とベトナムの豊富なIT人材に目をつけ2013年にPrime Lab社(ホーチミン)を立上げた。技術者の定着率の悪さに対し社員旅行や忘年会,お誕生会などでモチベーションを上げて60人規模まで拡大。客先の開発部門の一部分となるLabo型オフショア開発を売りにしている。
浅井崇氏氏のIndividual Systems社,奥田聡氏のPrime Lab社などでは,理工系大学の中にLaboを作り,AIやブロックチェーンなどの先端技術の研究開発を行っている。極めて流動的なIT人材は,欧米を含む各国,各大学,各社を巡り,オープンイノベーションを巻き起こし,技術の底上げとなっている。日本各社とベトナムシステム開発のブリッジを手掛ける起業家であるYHGV社の伊藤博史氏の言によれば,AI,ブロックチェーン等の先端技術に関しては,ベトナムは日本を追い抜いているかもしれないとのこと。
ICTの情報という観点に関して,和島祐生氏は,外資コンサル会社,東南アジアの海外医療観光事業を経験した後,AI企業からプレス配信の依頼を受けた時に,日系進出企業がプレスリリースを戦略的に行っていないという気づきを得た。2017年,ベトナム初の日系プレス配信サービスVEHO PRESSを設立し,日本の物流会社から出資を受け,ベトナムを中心に東南アジア6か国で6000のメディアに対してプレス配信を行っている。
食に関しては,世界遺産認定の後押しを得た日本食ブームの波に乗って,ビジネスチャンスを見出し起業している。
益子陽介氏は,商社を経て,サイバーエージェントでベトナムVC事業を立ち上げた後,「ベトナムはフランスパンなどパン文化の素地がある」と,家庭で挑戦したピザ窯の経験を活かして,2011年にホーチミンで創作ピザ屋「Pizza 4P’s」を創業。ベトナムには,優良で新鮮なチーズが無いとダナンの農場でつくった自家製のチーズで高品質ピザを作り人気を博した。「2022年までに世界でレストランを100店出す」と力強い。
荒島由也氏は,外資コンサルを経て,ベトナム初となるクッキングスタジオSTAR KITCHENを創業。最近お金を持ち始めた外資系企業勤務OLや富裕層の主婦にポジショニングし,「日本の南青山」をコンセプトにブランドを作り上げた。高島屋やスターバックス,セブンイレブンで洋菓子を展開している。
さらに,ベトナムで特徴的なのは,社会起業的な動機での起業が見受けられることである。ハノイで人気多国籍料理店「ぺぺラプール」を経営する増⽥悠さんは,当初ボランティアでハノイに来た。橋の下に暮らす貧乏な子供たちに食事を作ってあげる仕事をしているうちに,この子供たちを職に就かせてあげたいという一念でレストランを立ち上げた。
ホーチミンのベトナム家庭料理レストラン「フーンライ」を営む白井尋氏は,孤児ら貧困な子供たちを中心に雇い職業訓練を行っている。卒業生たちは,有名な高級料理店に職を得ている。
加えて,先の足掛け25年の浅井崇氏氏の起業のきっかけは,貧しく社会的地位の低かったベトナムIT技術者向けに日本語クラスを作って教えたのが始まりだった。さらに,ハノイで起業して,フリーペーパー,ベトナム航空の機内誌,広告作成を行う勝恵美氏は,このほど幼児教育,子供とのコミュニケーションツールとして,ベトナム語の絵本事業を始めた。教育によって貧困層を救うという試みが,このベトナムでは特に行われている。まさに社会起業である。
①ICT,②食,③社会起業をキーワードとし,ベトナムの地にて,試行錯誤しながら道を切り開く日本人起業家達は,なかなか起業家の根付かない日本にとって,最高のロールモデルと言えよう。
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