世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1603
世界経済評論IMPACT No.1603

日本の雇用慣行を就社から本来の就職に変える

小林 元

(元文京学院大学 客員教授)

2020.01.20

 私は40年間ひたすら海外事業に専念し,海外の優秀なマネージャー層を活用して進出した国でNO1とされる企業をいくつか育て上げてきた。その経験から言うと日本企業は,いま世界中のAIやIoTの技術革新の「大競争時代」の潮流の中の巻き込まれているのに,ほとんどの企業はいまや時代にそぐわない終身雇用や年功序列などの日本的労働慣行を思い切ってそぎ落とすことに踏み切れていないように思われる。

 日本においてこのような労働慣行が生まれたのは戦後何よりも生活の安定を望んだからだと思う。

 親が子供にいってきたことは「高い偏差値を取って,いい大学いい会社に入りなさい,そこで高い地位を目指しなさい」であろう。これは「就職」ではなく,「就社」である。

 職務内容は入社時契約で明示されず会社が必要に応じて決めてゆく。同期性の給与は同一だ。ここには「会社に全て任せよ。その代わり会社が終身面倒を見る」という暗黙の了解があり,「寄らば大樹の陰」という考えが根底にある。生活の安定が第一とされ,「個」というものは組織の中に埋没されてきた。1960から1980年代にかけてこの制度が会社への忠誠心とチ―ムワークを生み,高い競争力を生み出した時代があった。この制度は今後も勤労者階級のやる気を引き出すという意味で継続させるべきだと思う。しかしマネージャークラスについては,「大競争時代」の波がとうとうと押し寄せている今,世界で主流になっている「職務(job)型の雇用制度」への改革を早急に行わないと日本企業は世界に繰り広げられている「生き残るための大競争」から取り残されることになると私は危惧している。なぜならこの競争はいかに革新技術を生み出せるかの競争であり,それは「個」と「個」の独創性のせめぎ合いから生まれるものであるからである。

 私が見てきた欧米,さらに開発途上国においても中産階級以上の家庭では,小さい時から「貴方の個性を持ちなさい。それを生かしたライフワークを見つけなさい」と家庭でも学校でも叩き込まれる。個の確立である。そうして育った子弟が仕事を探す時,自分の志がかなえられる職場を探す。入社する場合には職務内容と待遇が詳細に決められる。いわゆる職務給であり,文字通り「就職」である。彼等は職務で自分の能力が生かされてない,キャリアパスに沿わないと考えると転職する。能力があるものは引く手数多なのだ。会社側も期待した能力を発揮しない人物と判断すれば,正当な理由なくとも解雇補償金を払えばいつでも解雇できる。世界ではこれが一般的である。海外のマネージャークラスはハイリスク・ハイリタ―ンの極めて激しい競争社会に生きているのである。

 日本の一流企業のビジネスマンが上記のように育てられた海外の相手と対峙してどのような展開になるのか,相撲を例にして説明する。相手は自分の得意技で猛烈に突っ張ったり,押しまくってくる。これに対し日本人ビジネスマンは,横綱相撲よろしく受けの形で立ち,ズルズル土俵際へ押し込まれてしまう。これだけで勝負は不利になる。

 日本人は今まで組織の中で「個」と「個」が仕事の上で激しく議論しあうことは極力回避するように育てられてきたから,他人に対して先手を打って戦いを挑むということを訓練されていないのだ。ましてや戦う時の自分の得意技を持ち合わせていない人が多い。だが「日本は和の世界だからね」などともう言ってはいられない。和の伝統が生かせるところは残すが,富の奪い合いであるビジネスにおいては海外の競争原理を果敢に取り入れる姿勢が求められる。明治維新を成し遂げた人々が黒船の到来に対して何をなしたかを思い起こしてほしい。

 「働き方改革」という名のもとに長時間労働の制限や働き方の多様化などが進められているが,雇用慣行の根本のところの変革にまでメスをいれていない。

 今,日本が取り組むべき最も基本的な課題は「個の確立」ではないかと私は思う。

 我々は今まで国や企業に寄りかかりすぎたのではないか。各人が自分のアイデンティティ(個の考え)をもっと明確に持ち,それを外に向かって主張しあうことを恐れないこと,相手の良い意見は取り入れる度量をもつこと。明治時代福沢諭吉が唱えた「独立自尊」をもう一度思い起こし日本の風土に定着させる,それが「第三の開国」であり「令和維新」であると私は考えている。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1603.html)

関連記事

小林 元

最新のコラム