世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1595
世界経済評論IMPACT No.1595

Grabとデジタル・バンク:デジタル金融分野での競争激化へ

椎野幸平

(拓殖大学国際学部 准教授)

2020.01.13

 2019年12月30日,シンガポールに本社を置くGrabが通信大手のSingtelと提携し,シンガポールでデジタル・バンクのライセンス申請を行った。デジタル金融のサービス強化へ一歩を踏み出したかたちだ。一方,迎え撃つ既存の銀行業界においても,東南アジア最大の銀行であるDBSがデジタル企業による金融サービス拡大を脅威ととらえ,デジタル分野での対応を強化しており,今後,デジタル金融を巡る競争が一段と激化していきそうだ。

ライド・ヘイリングのGrabと通信大手のSingtelがデジタル・バンクのライセンス申請

 Grabは,周知の通り,2012年に米国に留学経験のあるAnthony Tanらがライド・ヘイリングからサービスを展開したスタートアップであり,現在の時価評価額は143億ドル(CB Insights)で,ユニコーン(時価評価額10億ドル以上)を超え,デカコーン(同100億ドル以上)とも称されている。

 Grabは,ライドシェアから,フードデリバリー,配達,ホテル予約,映像サービスなど,消費者の生活に密着したサービスを展開する「スーパーアプリ」に成長している。さらにブルネイとラオスを除くASEAN8ヵ国(但し,ミャンマーはヤンゴンとマンダレー,カンボジアはプノンペンとシエムレアップのみ)でサービスを展開し,サービスの面的拡大も図っている。

 そのGrabが2019年12月30日に,通信大手のSingtelと提携し,シンガポールの中央銀行(MAS)に対して,デジタル・バンクのライセンス申請を行った。Grabのリリースによると,Grabが60%,Singtelが40%を出資した企業体を設立する方針である。MASは2019年6月に,デジタル・バンクのライセンスを最大5行(フルバンク2行,ホールセールバンク3行)まで発行する方針を表明し,それに対応して申請したかたちだ。

 Grabはライド・ヘイリングを通じて幅広い顧客基盤を得ており,その顧客基盤にデジタル・バンクのサービスを提供していくことが見込まれる。フルバンクのライセンスを取得すれば,預金を預かれるとともに,幅広い金融サービスを消費者と非消費者双方に提供することが認められる。

 今回の銀行ライセンスはシンガポールを対象にしているが,将来的には東南アジアにも拡大していく可能性がある。特に,シンガポールを除く東南アジア主要国では,依然として金融機関の口座保有率は低い。主要国の金融機関の口座保有率(2017年,世界銀行)はマレーシアが85.1%,タイが81.0%,インドネシアが48.4%,フィリピンが31.8%,ベトナムが30.0%に留まっており,デジタル金融が拡がる社会課題が存在している。

 世界銀行の調査では,金融機関口座を保有しない理由として,「十分な資金がない」とともに,「金融機関までの距離が遠い」が上位に位置している。前述の対象国では,金融機関口座を保有していない人の3~4割が距離の遠さを理由として挙げている(但し,ベトナムは1割)。特に,インドネシアやフィリピンなどの島嶼国では,全土にくまなくATMや支店網を拡げるには課題も多いため,デジタル・バンクに対するニーズは高いと考えられる。

DBSもデジタル・サービス強化で対抗

 一方,Grabのように幅広い顧客基盤を持つデジタル企業が金融サービスを強化することに対しては,既存の銀行も大きな脅威ととらえている。シンガポールのDBSは東南アジア最大の銀行で,資産規模は4,043億ドル(The Asian Bankerに拠る)に上るが,近年,デジタル・サービスを強化しており,デジタル化の最も進んだ銀行と評価されるようになっている。

 DBSのCEOのPiyush Gupta氏は,「銀行分野は間違いなく最もデジタル化する産業である」と指摘し,Grabのような幅広い顧客基盤を持つデジタル企業が,金融サービスを展開し始めることが既存銀行の最大の脅威と位置付けてきた。その上で,DBSをスタートアップに変革するとの方針を掲げ,金融取引のデジタル化の推進や社内文化の変革を課題として取り組んでいる。

 DBSは既にPayLah!と呼ばれる決済サービスを展開している。QRコードを用いた電子決済や送金などができるスマホ・アプリで,DBSによると国内80,000ヶ所以上で使用が可能となっている。さらに,DBSは自ら旅行や中古車の販売サイトを立ち上げ,消費者に一歩近いところで保険やローンなどを組み合わせて販売を行っている。また,「DBS Asia X(DAX)」と呼ぶコ・ワーキングスペースを立ち上げ,フィンテック企業と連携を強化している。PayLah!については,DBSは,GrabのライバルでもあるGo-jekと提携し,Go-jekのライドヘイリングの支払いで,PayLah!が使用できるようになっている。

 さらに,DBSはインドなどで2016年からDigibankと呼ばれるデジタル・バンクを展開している。インドでは,生体認証も含むインド版マイナンバーであるアダールが発行されており,同個人認証システムを活用し,銀行口座を開設でき,「支店・署名・書類なし(Branchless, Signatureless, Paperless)」を打ち出したサービスを展開している。

Grabへのライセンス発行は2020年半ばまでに判断をされると伝えられている。Grabのデジタル・バンクへの進出は,今後,デジタル金融を巡る競争を一段と激化させていきそうだ。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1595.html)

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