世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1590

日本のエビデンスに基づく政策決定が進まない:政府の一層のデータ公開が不可欠

新井聖子

(慶應義塾大学SFC研究所 上級所員)

2019.12.30

 データを制する者は,ビジネスを制す。GAFA(Google,Apple,Facebook,amazon)が注目されるのは,単に規模が大きいからではなく,巨大なデータを持つからである。データの重要性は企業に限らず,政府についてもしかりだ。あらゆる政策分野で,如何にデータを活用して税金を効率的・効果的に使う政策を作るかが,各国政府にとって重要な課題である。また,質の高いデータに基づくエビデンスは政策立案に役立つだけではなく,国民に対する説得力を大きく増し,対立する利害関係者の間の調整にも役立つ。

 しかし,残念ながら,日本では昨今発覚した一連の政府のデータ問題(毎月勤労統計調査,裁量労働の勤務時間,外国人技能修習生の最低賃金など)が実は内部に多いため,政府はデータを公開したがらない。

 ところで,近年日本の基礎研究力の国際的地位の低下が大きな社会問題になっており,2000年半ば頃からの学術論文数の継続的減少などが,アウトプット指標としてよく取り上げられる。一方,インプット指標である政府の科学技術予算は,2000年代半ば以降も基本的に増加している。このため政策が功を奏していないという批判がよくあるが,実はこの実証研究は極めて乏しい。その理由は,日本政府がデータを出したがらない要因が大きい。

 日本はそもそも欧米の先進国と比べて政策研究が大変遅れており,特に数量データを用いた研究が少ないが,科学技術政策の研究も同様である。これに対し,欧米では特に今世紀に入り,政策研究を含む社会科学全般で量的研究の数が急増した。この要因として以下の3つが大きいが,この結果,欧米では研究者が政府らのデータを使って精緻な政策研究ができるようになり,政府はその研究成果を生かして「エビデンスに基づく政策決定(Evidence-based policy-making(EBPM))」ができる好循環が生まれるようになった。

  • ①各国政府や公的機関が収集したデータを,EBPM推進のため,外部研究者等が使えるよう積極的に公開したこと
  • ②各国政府等が,open science(OS)推進のため,個々の研究者や研究機関が収集したデータを,他の研究者等も使えるようにしたこと
  • ③欧州の各国政府や大学等が,社会科学の研究者に対して,(特に量的研究を重視する傾向の強い)米国系の学術雑誌に出版するようプレッシャーを強めたこと

 一方,日本では上記の変化が殆どなかったが,近年日本政府も欧米に倣いEBPMを標榜し,総務省が政府データの利用を促進している。ただ,日本政府のオープンデータは米国のそれの10分の1ほどで対象が大変限られており(例えば,科学技術研究調査は平成24年と27−29年分のみ有料で公開),元データは利用資格に厳しい要件があり,ネットで公開のe-Statは加工データなので精緻な統計分析ができないなどの問題がある。また,各省庁は独自にデータを多く収集しているが,殆ど公開していない。

 ところで,特に科学技術政策に有用なデータに関しては,2018年6月に,日本政府全体としてEBPMやOS推進を含む「統合イノベーション戦略」を閣議決定した。だが,これには以下のような問題がある。

 第1に,この戦略ではOSのため,24の国立研究開発法人にデータを公開させる予定だが,科学技術政策に関係する重要なデータを有する文科省の科学技術・学術政策研究所(NISTEP)及び科学技術振興機構(JST)や,経産省の経済産業研究所(RIETI)は対象外である。その理由は,担当省庁の内閣府によれば,NISTEPは国の機関,JSTは研究資金配分機関,RIETIは独法ではあるが国立研究開発法人ではないためである。

 問題は,日本では,政策研究に役立つ質の高いデータを作るための多額の公的資金がNISTEP,JST,RIETIに集中して支給されている。EBPM推進のためには,このデータを広く外部研究者の利用に供し,彼らに競争的に研究させた方がより質の高い分析や客観的で中立的な政策評価がなされうる。

 だが,現状ではNISTEP,JST,RIETIが基本的にデータを外に出さない方針のため,これら機関の研究員が独占しており,政府の報告書等だけではなく,私的な学術論文を多く書いている。このため,日本では政府外部に量的研究に強い若手研究者が育たず,データ作成に多額の費用がかかる量的研究の論文の執筆者は,上記の機関の職員に偏っている。これには,①政府関係職員は立場上政府に批判的なことを書けないため分析結果に信頼性を欠く問題,②外部研究者が政府の分析をその元データを使って検証できない問題,③政府関係職員が公的データを独占して私的に論文を書いている問題等がある。

 第2の問題は,「統合イノベーション戦略」の施策として,内閣府は新たに2019年度,政府のEBPMや国立大学や研究開発法人のEBMgtを進めるため,科学技術予算や国立大学等のデータ等を収集し分析するためのエビデンスシステムを構築しているが,政府はこのデータを政府のみの利用に供し,外部の研究者に利用させない方針である(情報収集の対象である資金配分機関,国立大学,研究開発法人には一部利用させる方向)。

 政府がこのデータを外部の利用に供しない理由は,内閣府によれば「非公開を条件としないと,大学等の関係機関が協力せず,情報を収集できない」からである。しかし,この場合,政府は情報収集の際,調査対象機関に「研究者に公開する場合がある」と予め知らせておいて,一方,データを使いたい研究者とは守秘義務契約を結び,条件付で公開するのが適切な方法である。

 そもそも日本の大学は非公開の内部情報が大変多いが,米国やEU諸国の大学は自ら多くの情報を公開している。日本も,国公私立を問わず殆どの大学や研究開発法人は補助金を受けている以上,説明責任を果たすべきであり,政府も彼らに情報をもっと公開させるべきであろう。

 また,上記の政府全体の施策とは別に,文部科学省が2011年度から15年間にわたり「科学技術イノベーション政策における『政策のための科学』推進事業(SciREX事業)」を実施し,同省に設置した委員会が,政策研究大学院大学を本事業の人材育成の「総合拠点」や「中核的拠点(SciREXセンター)」に選んで毎年3億円近い巨額の補助金を交付している。

 問題は,元々この補助金の趣旨は政府から中立の大学に事業を委託することだったが,補助金決定の直後,同委員会の委員10名中4名(うち2名は旧科技庁OB)が同大学に再就職して補助金を使う側に回り,本事業を文科省の支配下に置いた。この4名は元々科学技術政策の研究者ではない上,全員が定年退職後採用され(同大学の65歳定年を越えた現在も在職中),先端の教育や研究ができるとは言い難い。打ち上げ花火的なイベントばかりで,研究成果は殆どなく,公開予定のデータベースは5年経っても準備中である(SciREXセンターのHPにある成果は他の大学や機関の成果が殆どである)。また,同大学はこの事業の学生一人当たり1000万円以上の補助金が使っているが,学生の3分の1は文科省と関係機関(JST等)の身内である。

 欧米のEBPMの施策は政府らが自らのデータを出して,外部研究者が客観的に政策を分析,評価できるものである。しかし,日本は異なり,あくまで政府が身内にデータをとどめて,外部による分析や政策批判を難しくしている。政府がデータを出して公に英知を求める方が,より質が良く客観的な政策評価ができる上,外部がデータの誤りも見つけて,データの改善にもつながる。今後,真のEBPM推進のため,政府の一層のデータ公開やSciREX事業の抜本的見直しが求められよう。

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