世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1586
世界経済評論IMPACT No.1586

トルコ/リビア間エネルギー供給網で合意:地中海に新たな火種

並木宜史

(ジャーナリスト norifumi.namiki@gmail.com)

2019.12.23

 日本メディアが報道を放棄して久しいリビア内戦。シリア内戦同様武力による終結の機運が生まれている一方,新たな世界戦争の火種も生まれている。リビア暫定政府は先月27日,トルコと安全保障,地中海における資源権益について覚書を交わした。トルコ国営通信は,ジェイハンパイプラインの終点イスケンデルンから現在掘削中の東地中海を通り,リビア沖を通るエネルギー供給網構築構想を報じた。欧米はこれまで何度も東地中海におけるガス田開発を中止するよう要請してきた。トルコはそれに応じる素振りを見せないどころか,新たな拡張への野望を見せつけることで欧米へ返答を突き付けた構図だ。トルコのやり方はシリアにおけるのと同様植民地主義的だ。トルコの交渉相手であるリビア暫定政府は国連主導で樹立された,国際的に正当なリビアの政府とされる。しかし国内では僅かな地域しか支配できておらず,難民問題,テロ対策にも無為無策ぶりを見せてきた。こうした統治の失敗から人心の離反を招き,4月より東部を支配下におくカダフィ政権の残党ハフタル将軍率いるリビア国民軍の攻勢に曝されている。今回のトルコの動きは,リビア国民軍の攻勢の前に風前の灯火の暫定政府の足元を見た火事場泥棒的行為と言ってもいい。それ故リビア国内外の反発を招き紛争激化の火種となっている。

 トルコの野望はリビア国内から警戒されている。ハフタルはトルコがリビアの過激派を支援してきたと批判している。リビア国民軍広報は5月,トルコはリビアの混乱とテロリズムを助長していると批判する声明を出した。また6月にはトルコのドローンを撃墜したと発表し一時トルコと緊張状態になった。リビア国民軍は昨年末,国連にトルコによるリビア領内への武器輸送について調査を要請した。リビアにもイスラム国を名乗る勢力は存在する。トルコはイラク,シリアでイスラム国を支援していた疑いが濃厚だ。法外に安い石油を供給してくれ,目障りなクルド勢力を一掃してくれ得る存在として,少なくとも都合が良かったことは確かである。リビアはトルコが資源開発を進める地中海における重要な沿岸国家だ。混乱状態であればトルコの権益拡大に邪魔が入らないため都合がいい。敵対勢力に統一される公算が高くなった現在では猶更,介入の動機は大きくなる。

 トルコの地中海拡張に強く反対する欧米にとっては難しい問題だ。ハフタルはガダフィ政権の残党である。ハフタルがリビアを統一すれば平和が訪れヨーロッパへの難民の流入は減るが,カダフィ政権崩壊のため軍事介入したことの正当性を否定されることになる。シリアにおけるのと同様のジレンマに欧米は直面している。アサドが完全勝利すればテロの脅威も難民危機も終わるが,政権打倒を目指した欧米の面目は丸つぶれとなる。しかし,そのような細かいことを気にしないアメリカ大統領トランプは,リビア国民軍の攻勢開始2か月後にハフタルへ支持を表明した。素朴なトランプは政治的な因縁を抜きにすれば,リビア統一がアメリカの利益になることを直感的に理解している。欧米と対立するエルドアンはシリア問題におけるのと同様,兎に角欧米の足を引っ張りたいロシアに泣きついている。ロシア大統領府は,プーチンがエルドアンとリビア問題について電話会談を予定していることを発表している。アメリカは既に先月,ロシアのリビア内戦介入へ対処するため政府高官を派遣しハフタルと面会させ,攻勢停止を要求したと発表している。リビア暫定政府が,欧米が強く反対するトルコの地中海における拡張主義に与するとなれば,リビア国民軍の祖国統一運動と対テロ戦争について現状の黙認状態から追認にシフトする可能性は高い。

 リビアはかつてオスマン帝国の影響圏下にあった。オスマン帝国復興を目指すエルドアンにとっては,リビアの権益確保は威信を高める材料になる。トルコ経済界にとっても景気のいい話であるだろう。この一連の動きはトルコの期待とは裏腹に,地中海の資源紛争の戦線をアフリカにまで拡大させることになる。トルコによる主権侵害に直面するギリシャは,早速リビア暫定政府大使を追放した。リビア内戦の早期解決を阻害するのみならず,トルコをまた欧米との対決という破滅にまた一歩近づけることになる。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1586.html)

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