世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1576

「デジタル・エコノミー」と4つのパラドックス

平田 潤

(桜美林大学院 教授)

2019.12.16

 政府(内閣府)は,日本が未来に目指すべき姿として,2016年に「Society5.0」を提唱した(第5期科学技術基本計画)。これは「情報社会(Society4.0)」に続く新たな社会で,「サイバー空間とフィジカル空間を高度に融合させたシステムにより,経済発展と社会的課題の解決を両立する,人間中心の社会」である。もちろんこのような理想的未来に到達する前に,日本経済は,多くの「創造」と「破壊」とを伴う「イノベーションの大波」をくぐらねばならない。

 そして今我々が直面している「デジタル(産業)革命」こそ,この「Society5.0」に到達する過程で,日本経済が直面している「巨大な衝撃波」であって,まさに神羅万象のデジタル化=「デジタル・エコノミー」の時代である,といえよう。

 ところで「デジタル革命」という,科学技術の高度化/進化それ自体から導かれる訳ではないし,既存の「物差し」を使って見ている故からかもしれないが,「デジタル・エコノミー」が進展するに伴い,現在,先進国経済社会において,様々な「不透明性」敢えて言えば「パラドックス」が,生じていると思われる。ここでは,以下4テーマについて採りあげてみたい。

  • 1.「デジタル価値」(消費者の得る利便性/生産性の向上)の評価,を巡るパラドックス
  • 2.情報社会での自由度の拡大,脱集権社会を指向した「ネット」(及びブロックチェーン)が,現在は(メガ・プラットフォーマー等により)モノポライズが進行する,パラドックス
  • 3.「デジタル・エコノミー」(とくにAIやRPA)の進展が,ディスインターミディエーションを加速することで,雇用(質面)を中抜き・空洞化していくという,パラドックス
  • 4.サイバー・セキュリティと,データへの権利/プライバシーをめぐるパラドックス

1.まず「デジタル・エコノミー」は,消費の利便性拡大や,生産性向上を通じて,経済成長や国民経済の発展に大きく貢献しているはずであるが,そのインパクトの大きさが的確に計測できていない。

 我々がスマホ等を使えば,大きな利便性を手に入れられる,あるいは「生産性の向上」を実現できる(諸検索機能や各種のアプリを使えば,サーチコストやマッチングコストを飛躍的にセーブできる)「デジタル・エコノミー」であるが,このように消費者が獲得する「経済生活の実質的なレベルアップ・豊かさの増大等」といった,所謂「消費者余剰」(消費者が,最大に払っても良いと考える価格と,実際の価格との差=消費者が実質的に得る利得,生産者余剰と対比される)が,統計に顕れてこない,GDPに反映されない。つまり「デジタル・エコノミー」の実力を的確に計測できないのはなぜか? GDPという手法では無理なのか? さらにもし,こうしたシャドウGDPが無視されたままで,経済・金融政策を進めることは,果して妥当なのか?

2.90年代以降,インターネット(さらにはSNS)を媒体として,当初は最大限に自由で,かつ多角的に展開され(マスメディアを圧倒・凌駕し)たデジタル・コミュニケーションが,グローバル経済の枠組みの下では,結局,巨大で独占的なプラットフォーマーを生み出すに至った。

 またネットに続く画期的イノベーションとされるブロックチェーンは,記録/保存の点で改ざんが困難で分散系の管理であり,低コストで維持が可能という長所を持つが,現在の趨勢で見る限り,結局は「ビットコイン型」のオープンチェーンではなく,(デジタル通貨などで,各国中央銀行が競って研究を進めているように)参加者が限られた「クローズド」なシステムが,急速に実用化されるのではないか? あるいはブロックチェーンも「公共性」の縛りがかけられ,政府・公共団体やこれとの関係で参加者の自由度が減ってくる,限られた企業が関与する,という結果におわり,記録・保存の「分権化」は,容易に進まないのではないか? つまり「デジタル・エコノミー」のステージにおける企業や市場の姿は,当初の自由度の拡大・分権化指向からスタートしながら,様々な要因によって,徐々にモノポリー的なものに収れんしつつあるのではないか?

 これはデジタル革命が導く必然性なのか,それ以外の方向性=ベクトルはないのか?

3.過去の「産業革命」も多くの創造的破壊をもたらしたが,今回の「デジタル革命」は,従来型サービス産業に対する「破壊(ディスラプション)」が非常に大きい。現在アマゾンやアリババ等のプラットフォーマーが実現しつつある,「ビジネスモデルのデジタル化」によって「ディスインターミディエーション=中抜き」(ブロックチェーンもしかり)が進行しつつあり,殆ど全ての産業・企業のデジタル化やAI化が避けられない勢いのなかで,同時にこのままでは,雇用の質の面で,「構造的な中抜き」を招くのではないかという不安が,高まりつつある。

 もちろん過去のイノベーションの波と同様,新たな企業や産業の誕生・興隆が期待できるとはいうものの,新たな雇用については,高度・専門的なものはそれほど多くなく(当然AIが代替/補完していくであろうから),付加価値も多くない,ということでは,現在も細りつつあるミドルクラスにとってバラ色とはいいがたい。このままでは現在享受している「消費者余剰」の対価が雇用に反映され,生産者が「雇用の空洞化」というマイナス=「負荷」をもたらすことで,現在のメリットを,将来別の形で吐き出させられそうな「デメリット」さえ懸念される。

4.「デジタル・エコノミー」の,不可欠な番人とされる「サイバー・セキュリティ」の問題は,デジタル・システムや,デジタル・インフラの安全性の確保(後を絶たないハッカーやウィルスによる「サイバー破壊や悪用をいかに防止・防衛するかの問題」)だけではない。

 「デジタル・エコノミ―」のリソース(マネー)ともいうべき,データをめぐるセキュリティはどうか? 先進諸国は,データの供給者や一般ユーザーの権利に対する「侵害」が,深刻な問題に化しつつある一方,例えばシンガポールや中国のスマートシティ構想の背景には,人々のデータが広範かつ迅速に把握されることが前提となり,社会のセキュリティが維持され,しかも高度化することが可能になる,という発想があると思われる。

 またこのところ,ユーザーのデータプライバシーの問題(ポータビリティや,忘れられる権利など)が,俎上に乗ってきているが,デジタル世界での情報の非対称性は極めて大きく,EUのGDPR(一般データ保護規制)などは,実際は絵にかいた餅に過ぎない,という指摘もある。

 日本のSociety5.0でも,第3の原則:プライバシーの確保や,第4の原則:セキュリティ確保,をどう担保していくかが問われよう。さらにいえばデータとそのプライバシー,セキュリティは,「デジタル・エコノミー」で避けることができない問題,というより我々が突入している新たなステージにおいて,負担せねばならない「経済コスト」とも考えられるが,どうであろうか?

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