世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1542

経済成長思考ノーリターン

原 勲

(北星学園大学 名誉教授)

2019.11.18

 イスラエルの歴史家ハラリの「サピエンス全史」を読む。もともとは最近仕上げた共同体資本主義の参考にと思って読み始めたのだが,この本の内容に改めて感動というか驚きを感じる。

 第一に今の人類の祖先であるホモ・サピエンス(賢いヒト)が地球上の最大の支配者になったのは,他の人種や動物と違って認知革命を起こし,多くの情報を得ることに成功したからだという。認知革命とは,突然変異以外の何物でもなく,これによって言葉やイメージを理解する頭脳の配線が構築され,150人以上の人とも協力して生き残ることを可能とした。1対1ではチンパンジーにも劣る人類(サピエンス)が唯一地上の支配者となったのである。これは現代の進化心理学界の多数説だとハラリは述べる。

 第二にこの認知革命は今から7万5千年前に起こった人類の歴史の第一歩であるが,他方でサピエンスは15万年前頃東アフリカで既に暮らしていたと考えられる。すなわち1万2千年前に登場する農業革命以前の14万年弱の間は,狩猟採取時代であった。科学革命は5百年前からなので,人類は殆どが狩猟採取の時代であった。そしてこの狩猟採取時代は,人間の数も小単位で少なく,食糧資源の豊富な地域で暮らしていたので,豊かで戦闘もない(戦闘は農業革命以降)穏やかで幸せな暮らしをしていた。この描写はマルクスの原始共産制時代とは似て非なるものである。マルクスは生産力が低いので共産的に生きていたと述べている(資本論)。いわゆる経済発展段階説が必ずしも人の幸せと結びついていないという点,また狩猟採取時代の人類の生物学的遺伝子が,労働者やオフイスワーカー,ビジネスマン,の時代にも残滓として存在している等の著述は,驚きである。これからの千年ですら人類は生き延びられるかとの著者の問いにも答えられない。

 さて我に返って現代の問題,特に産業革命以降の経済や経済学の問題に焦点を当てて書いていく。

 2016年1月スイス・ダボスで開催された第46回世界経済フォーラムの主要テーマは,「第4次産業革命の理解」であったが,これまでの産業革命と第4次産業革命を以下のように定義している(ダボス会議UBS白書)。

 すなわち第1次産業革命は,18世紀初頭で家畜による生産から蒸気機関,紡績機など機械による軽工業生産への移行,第2次産業革命は,19世紀後半で石油,電力など重化学工業化による大量生産の実現,第3次産業革命は20世紀後半でコンピューターによるデジタル化によるIT・コンピューター・産業用ロボットによるI・T・Cの普及による自動化・効率化の普及,第4次産産業革命は21世紀に始まる現在進行中のもので,極端な自動化,コネクティビティによる産業革新,となっている。

 1次~3次の産業革命は既知であるのに対し,4次は未知なる世界を含んでおり,それだけ定義自体も難しいが,あらゆるものがインターネット(デジタル化された世界)とつながり,そこで蓄積されたデータをAIで解析していくという時に生産や流通に人間を介さない程の超効率,超密度の産業革新を想定していると思われる。さてこのような産業革命以降の経済社会の変革がハリルのような人類の歴史と比較してどのような関係が想定されるのであろうか考えたい。

 まず真っ先に思うのはこのような産業革命が先述したように人類(サピエンス以前)15万年,人類の歴史(サピエンス以降)7万年の存続に対し,わずか3百年足らずというほんの一瞬の過ぎない期間にした発生していることである。そしてこのような事実をもう少し経済的現象といっても,最も正確性が高いといわれている人口とやや未来においては予測可能性が人口よりも少ないと思われる一人当たり産出額統計で検討してみる。国連の推計などによると1700年以前の世界の人口増加化率(年率,以下同じ)は,0パーセント増,同期間一人当たり産出成長率0パーセント増,1700年~2012年の人口増加率0.8%,一人当たり産出成長率0.8%,2050年~2100年(予測)の人口成長率0.2%,一人当たり産出成長率0.2%である。この期間の人口増加率,産出増加率が最も高かったのは,1950年~1970年(前者2%,後者2.8%)で双方ともこの期間がピークである。このようにして世界の人口は今後限りなく増加率はゼロに近づき,産出成長率もせいぜい1%前後となる。したがって率直にいえば今後の世界の経済成長率はゼロ,経済発展力を旧来感覚で表現すれば発展しないということである。少なくとも経済成長に関する限り,日本を含む先進国の停滞は確実といえるであろう。

 このような事象に対し我々(人類は)どのように対処すべきか,ここから対処の仕方が異なってくる。第4次産業革命を強烈に推進し,強力な経済国家を目指すのもひとつの対応ではある。しかし,これをもって経済成長という最もおいしい果実の取得に繋げていくという思考は終焉したのではないか。そして今必要なのは,何事もマネーで評価する市場資本主義に代わる新たなシステムを形成することであり,それによって人類15万年の歴史をつなぎ渡していく時代を創ることに,サピエンスとしての知恵を結集すべきではないだろうか。

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