世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
仏選出欧州委員候補否決の波紋:グリーンタクソノミー法案審議がマクロン大統領と欧州議会等の戦場と化す
((公益財団法人)国際金融情報センター ブラッセル事務所長)
2019.10.21
EUは,6月下旬に実施した欧州議会選挙を契機に,今後5年間の体制を担う人選を進めている。既に欧州議会議長は交代し,欧州委員会委員長等の首脳ポストも後任が固まっている。こうした中,EU人事を巡る目下最大の焦点は,各加盟国から1名ずつ出される欧州委員ポストの人選である。
フォンデアライエン次期欧州委員長は,11月初の新体制発足に向け,9月に各欧州委員候補の担当案を公表した。これを受けて,欧州議会の各専門委員会は自らのカウンターパートとなる個別候補毎に公聴会を開催し,その資質を審査した。10月10日まで実施された同公聴会の結果,全26候補のうち,フランス,ハンガリーおよびルーマニア出身の3名は,反対多数で否決された。
これを受け,当該3か国は,それぞれ新たな候補を提示することとなっている。もっとも,ルーマニアについては,10月10日にダンチラ政権が崩壊し,まだ正式な新政権が樹立していないため,迅速に新たな候補を選定することが難しい。このため,フォンデアライエン体制の発足は12月以降に延期されるとの観測が強まっている(新体制が発足するまでの間は,ユンケル現体制が継続する見通し)。
欧州議会が否決した3者のうち,特に今後のEUの運営に影響を及ぼしそうなのがフランスのグラール域内市場担当委員候補である。同女史は,欧州議会議員,プロディ元欧州委員長アドバイザーなどを歴任した同国きってのEU人材である。加えて,マクロン仏大統領がまだ大統領候補として有力視されていない頃から,同氏を支持していたことから,同氏の信頼が非常に厚い。17年5月のマクロン政権発足時には,国防相に任命された。
しかし,欧州議会議員時代に秘書に対する欧州議会予算の不正流用疑惑が持ち上がった結果,僅か1か月で辞任している。疑惑は未だに解明されていないものの,その後も米国シンクタンクから巨額の献金を受けていることが発覚した。欧州議会は,各候補の否決事由を明らかにしていないものの,同女史については欧州委員に求められる高潔さに欠けると判断したことが主因と考えられている。加えて,EU政策で影響力を高めているマクロン大統領に対する欧州議会の反発,という側面も窺える。同女史に関する投票では,7割以上の担当議員が反対票を投じた。フランスのような主要加盟国の欧州委員候補が否決されたのは,現行制度で初めてである。
かつて欧州委員長の選出は,事実上,加盟国首脳の専管事項であった。しかし,09年に発効したリスボン条約で,欧州市民の民意を首脳人事に反映させる観点から,欧州委員長は「欧州議会選挙の結果を考慮して」選出される旨が新たに定められた(第17条第7項)。これに基づき,5年前の前回選挙では,各会派が欧州委員長候補を擁立して戦った上で,最多議席を獲得した会派の筆頭候補をEUサミットで欧州委員長に推薦するという筆頭候補者制度(Spitzenkandidaten system)が導入された。
マクロン氏は,かねてから同制度に批判的な発言を繰り返していた。欧州議会選挙後のEUサミットでは,いずれの会派の筆頭候補でもなかったフォンデアライエン女史を欧州委員長に提案し各加盟国首脳の了解を取り付けたことで,かつての密室人事を復活させた。こうしたマクロン氏の強権的介入に対して,欧州議会の一部が民主的正当性の軽視と強く反発した結果,フォンデアライエン女史に対する欧州議会の信認投票は僅差で可決されることとなった。今回のグラール女史についても,ドイツ人のウェーバー議員の欧州委員長就任を妨害された欧州人民党グループ(EPP)などが反対に回った。このため,フォンデアライエン体制の基盤が危ぶまれるとともに,マクロン氏と欧州議会主流会派の抗争がいよいよ明らかになったとの見方が強まっている。
グラール候補の否決を受け,マクロン氏はいずれ代替候補を指名するであろうが,同氏および同氏が事実上率いるリベラル系欧州議会会派・欧州刷新(RE)とEPP(特にドイツ人議員)などの関係悪化は決定的である。これによって,グリーンタクソノミー法案の最終化に向けた欧州委員会・閣僚理事会・欧州議会による三者間協議(trialogue)も影響を受けるであろう。
グリーンタクソノミーとは,環境保護等の観点から持続可能な経済活動を分類・定義するためのリストである。信頼できるタクソノミーを欠いたままでは,グリーンなどと騙りながら実態を伴わない(greenwashing)金融商品を市場から排除することは難しい。このため,同法案を作成した欧州委員会は,これを昨年3月に公表したサステナブルファイナンス行動計画の要と位置づけられている。フォンデアライエン体制が掲げるEU版グリーンディール政策の基礎を成すルールでもある。
欧州議会は,同法案が公表された昨年5月以降,早々に対応方針を固めた。ここでは,化石燃料と並んで,原子力発電をタクソノミーに含めるべきではない(すなわち持続可能とは言い難いという趣旨)との立場が明らかにされている。一方,各国政府の代表で構成される閣僚理事会は,ドイツとフランスの対立を背景に議論が難航していたものの,議長国フィンランドが強硬採決に踏み切った結果,9月に辛うじて立場を決定するに至った。これにより,EU立法プロセスにおける実質的な最終段階である三者間協議が近く開始されることとなった。
もっとも,閣僚理事会の修正提案には,ドイツなどの反対にもかかわらず,原子力発電や利用済みプルトニウムの再処理事業を経済の柱とするフランスの主張に基づき,「気候中立的エネルギー(climate-neutral energy)」という文言が加えられている。この決定に対して,欧州議会は,グラール女史を否決する以前から不満を抱いていた。
マクロン陣営と欧州議会主流会派およびドイツなど加盟国の対立構造が顕現化する中,三者間協議では,原子力の扱いが最大の争点になるであろう。EUは,年内に同法案で合意に達することを目指しているものの,詰めの審議は難航が予想される。フランスは,現在検討されているタクソノミーは,ひとまず気候変動を主な対象としているため,原子力発電の廃棄物処理等に伴う問題は考慮すべきではない,との主張を続けると思われる。タクソノミー法案は,金融を超え,エネルギー・輸送産業や社会のあり方すらも根幹から変えようとするものである。日本としても,これがいずれ国際的な議論に発展し得ることを念頭に置きつつ,EUの動向を注視していかなければならない。
マクロン氏は,ドイツのメルケル首相とともに,EU統合深化の旗手とみられてきた。しかし,政界からの引退を控えるメルケル女史の求心力低下に伴い,最近は同氏が突出するような状況が生じている。これまでも東欧等の周縁諸国は同氏の強権振りに反感を示していたものの,EUの主流派勢力が公然と同氏の意向に異を唱えることは稀であった。今後,EUのパワーバランスが変わる可能性にも留意が必要である。タクソノミー法案の三者間協議は,EU政局の先行きを占う試金石となるだろう。
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