世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
ベトナムにおける貧困・格差問題の現状
(東海大学政治経済学部 准教授)
2019.10.14
今年の5月初め,国際学会での研究報告のため,久々にベトナムのハノイを訪れた。学会は,日越両国政府の協力により開校されたことで著名な日越大学で行われた。日越大学のメインキャンパスはミーディン地区(My Dinh)にあり,もともと輪中帯で湖が多いハノイ(Ha Noiは漢字で「河内」と書く)最大の淡水湖となるタイ湖(西湖 ; Ho Tay)にも比較的近い位置にある。ハノイといえば,かつてはホアンキエム湖(還剣湖 ; Ho Hoan Kiem)周辺が,ハノイ中心部として,その発展の象徴になっていた。しかし,近年はノイバイ空港からもアクセスがよいタイ湖周辺の開発が進められ,地下鉄に加え,ここかしこにマンションが建設されている。ベトナムには原則1年に1回は訪れ,南部のホーチミンシティにもよく滞在するが,2区,7区は高級住宅やマンションが建ち並び,その変貌に驚かされる。今回もハノイのマンションにどのような富裕層が住むのであろうと思いを巡らしたひと時であった。
所得格差と農村
実際,ベトナムでは富裕層が増えており,3000万USドル超の資産を保有するミリオネアに至っては,その人口増加率が,2019年から2023年の5年間で世界最高水準の31%増加となる見込みという報道もある(2019年3月6日VN expressの記事)。他方,所得格差は一向に縮小しておらず,ジニ係数(https://www.gso.gov.vn, 2019年10月9日閲覧 ; 値が1に近いほど格差が大きい)を見てみると全国では,2006年に0.424,2018年の速報値も同じ値となっている。都市・農村別にみると,都市部では0.393から0.372,農村部で0.378から0.407であり,農村格差が広がっている。消費支出では,所得五分位階級の第I階級と第V階級との比による格差が,2010年から2018年にかけて都市部は縮小,農村部はほぼ不変となっている。
通常,発展途上国の所得格差や不平等と聞くと,都市・農村格差を連想する。しかし末廣(2014, p.190)は,近年のアジアは新興国を中心に格差が広がっており,それは都市・農村格差ではなく,支出格差が大きい都市部への人口移動に起因すると指摘している。ただベトナムの場合,都市部への移動も増加しているが,未だに全人口の6割強が農村に滞留している(前掲URL参照)。さらに2009年人口センサスに基づく予測では農村部内の移動者数が,農村から都市への移動者数を上回るとされており(GSO, 2011),この点からも農村内格差は注視すべき問題となっている。
貧困問題とその多面性
ドイモイ前のベトナムでは,古田(2009)がいうように,かつての「貧しさをわかちあう社会主義」が機能しなくなり,新たな道が模索された。ドイモイは,それに対する一つの答えとなったが,90年代になると世界銀行等の国際機関も,構造調整融資への批判と見直しから途上国の貧困問題に注力するようになる。そうした国際的背景もあり,90年代はベトナムでも貧困削減が大きな課題となった。今日,ベトナムの貧困問題に関する議論はかつてほどではないが,それでも重要な問題であることには変わりがない。ベトナムの貧困層は,農村部に多く,自然災害,少数民族が多い地域に集中しているという特徴をもつ(前掲URL参照)。すなわち市場経済化,グローバル化,自然災害など様々なリスクに対し脆弱性のある人々が貧困になりやすい。また貧困は健康や教育,生活水準など多面的に現れるため,国際的には多次元貧困指標(Multidimensional Poverty Index)の利用が主流となっている。ベトナム統計局も2016年版の統計年鑑から多次元貧困指標を掲載している。ベトナムの貧困は,いまや自然災害,人口移動,少数民族の問題などとも絡み,多面的観点から議論する必要に迫られている。
新たな社会経済問題との関連
ベトナムは,かつて「若い国」と言われていたが,今日高齢化が急速に進みつつあり,貧困・格差との関連が懸念される。また医療,教育については,良質なサービスの供給不足も相俟って,医療,教育格差へとつながっている。こうした新たな社会経済問題は,貧困・格差問題の新しい形での顕在化ともいえ,その根本解決がベトナムに求められている。
[参考文献]
- 古田元夫(2009)『ドイモイの誕生―ベトナムにおける改革路線の形成過程』青木書店
- General Statistics Office (GSO) (2011) Migration and Urbanization in Vietnam: Patterns, Trends and Differentials. Hanoi: GSO.
- 末廣昭(2014)『新興アジア経済論―キャッチアップを超えて』岩波書店
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