世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1504

報道されないビッグ・ビジネス

鶴岡秀志

(信州大学先鋭研究所 特任教授)

2019.10.07

 前回の拙著「あれもできる…」で取り上げた微細藻類について質問を受けた。流行のテック系とはかけ離れた分野であるが,近い将来の食糧危機や石油枯渇を乗り越える技術として主に先進国で研究開発が進められている。根本的な温暖化対策も含まれている重要な科学技術である。今回はこれについて語る。

 微細藻類というと「なんのコッチャ」と思う方がほとんどであろう。ごく簡単にいうと,内海で発生する赤潮の原因となるプランクトンや健康食材のクロレラの類といえば理解しやすいだろう。専門的には光合成能力を持つ単細胞生物である。太陽のエネルギーを光合成で物質に変換して細胞内に溜め込むので栄養豊富である。食物連鎖の出発点としてイワシのような小魚の餌になる。他方,地球全体の酸素の50%程度は微細藻類によって生成されていると言われている。酸素生成だけではなく,二酸化炭素を石灰質として固定したり油脂やカロテノイド(例えばエビ・カニ,鮭の赤色)として固定する。地質時代には珪藻土や石油の素となって現在の社会を支える重要資源となっている。生物学的分類は研究途上で,微細藻類専門のホームページや解説でも種々の学説が紹介されている。

 微細藻類の工業利用研究は1890年のクロレラの発見から始まる。最初はその高い栄養価が注目され,第一次大戦中のドイツが食料不足解消のための利用研究を行った。その後1950年代まで日本を含めて各国で研究が続けられたが農業技術の進歩で一時下火になった。石油危機が発生した後,ディーゼル油に性質が似ている油脂類を生成する微細藻類が注目され,燃料供給源として利用研究が盛んになり今日に繋がっている。食用としては海ぶどうの様に直接食べるものもあるが,主に飼料,ペットフード,ベビーフード(特にオメガ3強化)に加工されている。オメガ3は実質的に微細藻類しか作り出せない。サンマ,サバなどの光モノの油は微細藻類の油脂を体内に溜め込んだものであり,かつてはこれらの魚油は,燈油,マーガリン,肥料などに使われていた。

 米国では石油輸入依存から脱却するために20世紀末からDoEを中心に研究強化が図られたが,シェールオイル生産の伸びで一時期ほど騒がれなくなった。オバマ元大統領はグリーン革命として推進しようとした。燃料利用だけではなく地球外環境での生存の研究を含めて連邦レベルで研究開発が進められている。アリゾナ大学には東京ドームより数倍大きなグリーンハウスが作られていて,火星でのサバイバル手段としての微細藻類活用が研究されている。我国では戦前からの研究が地道に引き継がれ,その研究成果は世界的に注目を浴びている。平成に行われた「ニューサンシャイン計画『細菌・藻類等利用二酸化炭素固定化,有効利用技術研究』」は,21世紀に入って微細藻類からのバイオ燃料開発や将来の食料不足対策の基礎として活用されている優れた微細藻類研究成果である。

 このように,微細藻類は太古より熱帯雨林よりはるかに大きい規模で地球の環境と生命を支えている。日々の食卓の源を遡ると微細藻類が出発点となっていることに気がつくと思う。石油も酸素も元をたどれば微細藻類である。太陽光を光合成でエネルギー物質に変換する効率も草木よりも遥かに高く,単位体積あたりのバイオマス生産効率はずば抜けている。既に米国は微細藻類由来の航空燃料で中型旅客機の大西洋横断飛行や軍用船舶の航海を成功させている。バイオマスというと穀物や木質からのエタノール生産に注目が集まるが,将来の主要バイオマスは微細藻類である。マスコミや環境団体は廃油から燃料を作るような非効率的で短絡的な,一種の宗教的思い込みを捨てて,微細藻類活用を真剣に学習して議論することが望ましい。AIだけでは人は生きていけないが,微細藻類があれば食料とエネルギーは確保可能である。ビジネス的に,もちろん原油の価格次第であるが,オーストラリアに広大な塩田を保有する日本の商社は微細藻類培養設備を併設した場合,21世紀中にエネルギーの世界的有力供給者になる可能性がある(塩田に培養設備を併設する実例は存在する)。

 赤潮の連想から,微細藻類培養というと太陽が燦々と輝く熱帯の常夏の地域が良いと思われているのだが,実は冷涼な温帯地域のほうが油脂生産用微細藻類の培養に向いている。なぜなら,油脂を選択的に生成する微細藻類は,銚子沖合の潮目あたりの温度が適温の種類が多い。春秋のイワシやアジの油が乗っているのは微細藻類の活動にも影響される。実際にハワイのプラントは深海から冷たい海水汲み上げているし,アリゾナ大学のグリーンハウスは,当初,暑すぎて培養がうまく行かなかったので,グリーンハウス内の冷房のある区画に切り替えられた(アリゾナの装置はツテを頼ってグリーンハウス外の別室設置の装置を見ることができた)。我国では,三陸沿岸にパイロットプラントが計画されたが大震災の津波で頓挫したままである。我国は海に囲まれた海洋国家であり,黒潮と親潮が沿岸に回流する温帯に位置する。オーストラリアのような広大な塩田こそないものの,イワシ,サンマ,サバが捕れる,つまり微細藻類豊富な海に囲まれ恵まれた条件を持つので,漁村や沿岸農村地域の過疎地の振興を兼ねて微細藻類培養に投資することは無駄ではない。企業でもユーグレナだけではなくデンソーやホンダが研究を推進している。

 東日本大震災後,東京電力は悪者であるが,実は我国で微細藻類からの油脂生産技術研究で実用化に最も近かった組織である。電事連としても研究開発を続けているが,先頭を走る米国の微細藻類由来エネルギー研究と比べても,2010年当時,遜色のない技術を持っていた(川崎の研究所を見学させていただいた)。震災,原発事故後に音沙汰が無いので研究開発は無くなってしまったのだろう。実に残念である。

 北欧の一少女が国連で,温暖化対策を履行していないと大人たちを批判することを囃し立てる勢力が存在する。しかし,彼女は多くの人々が,長年,尽力していることを全く知らないのだろう。彼女の国連スピーチが「巧言令色鮮し仁」としか見えないのは筆者だけであろうか。彼女の発言を褒めそやすマスコミはこの格言を知らないだけではなく,解決のために努力している人々を蔑ろにするだけである。

関連記事

鶴岡秀志

資源・エネルギー

最新のコラム