世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1495

温暖化めぐるマクロン − ボルソナロ対立の「情」と「理」

鈴木裕明

(国際貿易投資研究所 客員研究員)

2019.09.30

 9月の気候行動サミットは何かと話題の多いものだったが,1か月前のブラジルとフランスの対立もまた蒸し返された。8月のG7サミットをきっかけに,ブラジルのアマゾンで生じた森林火災を巡って,フランスのマクロン大統領とブラジルのボルソナロ大統領が激しく対立,いまだに尾を引いているのだ。マクロンが,温暖化対策に消極的なボルソナロを非難するのに対して,ボルソナロはG7において当事者であるブラジル不在で,ブラジル国内のアマゾン火災を議論するのは植民地主義であるとして反発した。

 環境対策の重要性からボルソナロを問題視する向きが多いようだが,整理してみると背景にある「情」と「理」が見えてくる。なぜブラジル国内の森林問題に他国が口を挟むのかといえば,それは,アマゾンの森林が二酸化炭素の「貯蔵庫」として,地球温暖化抑制に大きな貢献をしているからだ。アマゾンは地球全体にとっての重要な公共財産(いわゆる「地球公共財」)であり,その取扱いもまた地球全体に大きな影響を及ぼす。だからこそ,他国が口を挟む動機が生まれる。マクロンはアマゾンを「地球の肺」と呼んだ。ただしこの「肺」,というよりは「貯蔵庫」なのだが,これを維持しようとすれば,当然ながら維持のためのコストがかかる。森林火災の延焼防止は,ブラジルのためでもあり,地球全体のためでもあるが,消火活動に当たるのはブラジルになる。だからこそ,その費用は地球全体で相応に分担するのが筋であり(そうしないと,維持コストをブラジル一国に押しつけて,他国は「ただ乗り」することになる),消火への支援という発想も生まれてくる。

 さらには,「貯蔵庫」を維持するために,森林開発に対して強い抑制がかかる。ミクロの問題として,開発を巡って現場での様々なトラブル,先住民との軋轢なども報じられているが,それはそれで解決すれば良い問題であり,これをマクロの視点と混同すべきではない。マクロでみれば,そもそも,森林を広域に伐採して,広大な農地を造成するといったことには,「地球公共財」の観点で,世界中からストップがかかることになる。他方において,それは,こうした開発が出来れば得られるであろう経済成長を,ブラジルに諦めさせることにもなる。ここに,いわゆる「機会費用」が生じる。

 この「機会費用」がどれくらいの大きさになるのかは,開発のやり方や生態系への影響の評価など見解が割れる分かりにくいものではあるが,ボルソナロはこの費用を大きく見積もり,重要視したがゆえに,開発推進へと梶を切った。アマゾン地域は,ブラジル国内では貧困の多い地域という事情もある。やや感情的な表現を使えば,「ブラジルの貧困を土台にして維持されるおいしい空気を,高所得な先進国が吸っている」とも言える構図になる。

 これが100年前だったらどうか。温暖化が問題となる以前であれば,森林伐採を止めようと,他国が干渉してくることなどあるはずもない。実際,紀元前,フランスを含む欧州は森林に覆われていたことが,「ガリア戦記」の記述に依るまでもなく,さまざまな研究で明らかになっている。欧州は森林を伐採して,農地を作り,鉱物を採掘し,工場を建てて都市を作り,豊かになったのだ。その欧州に森林伐採を責められるのは,ボルソナロにしてみれば不愉快極まりないということになろう。

 理屈としても,アマゾンの森林が地球全体にとって不可欠な公共財であると認定するのであれば,開発抑制によって損なわれる機会費用もまた,ブラジル一国に押しつけるべきではないということになるだろう。

 こうした状況をふまえ,森林保護コストに対する国際支援が進められている。また,「パリ協定」でも森林維持(伐採の抑制)コストへの支援制度作りが前進してきている。しかし,ボルソナロとしては,これらの対応が遅く,かつ不十分だと考えたからこそ,アマゾン地域の開発を進めようとしたのだろう。国連という各国の利害が複雑に対立する困難な場所で何年にもわたり粘り強く仕組み作りを進めてきた各国の担当者には頭が下がるが,実際のところ,支援制度はまだ実施フェーズに入ったばかりであり,それはそれとしても,遥かに短いタイムスパンで結果を求められるボルソナロとしては「待ったなし」の状況であろう。

 マクロンはG7において,ブラジルに対する森林火災消火のための2,000万ドル支援を主導したが,干渉に怒ったボルソナロはこの受け取りを拒否した。つべこべ言われて2,000万ドル貰うくらいならいらないということだろう。他方において,マクロンは,森林維持コスト支援にも使われる緑の気候基金への拠出倍増を表明している(こちらは倍増で17億ドル余りとなる)が,そのうち将来的にアマゾンに流れる分があったとしてもごく一部であり,少なくともボルソナロには響かなかったようだ。

 もともとボルソナロはリベラル勢力とは関係が良くない上に,上述のように,「情」の面でも「理」の面でも,環境を重視する欧州のリベラル勢力に不信感があって不思議ではなく,まずはその不信感がアマゾン保全のための国際協調の障害となっている。

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