世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1464

テクノヘゲモニーの生態

三輪晴治

(エアノス・ジャパン 代表取締役)

2019.08.26

日本が韓国に仕掛けた輸出規制

 2019年7月1日,突如日本政府は韓国に対して半導体製造のための素材であるフッ化水素などの輸出規制を発表した。テレビやスマホのディスプレーに使う「フッ化ポリイミド」や半導体ウェハーの回路パターンを転写するための「レジスト」と半導体製造過程においてエッチングガスとして使われる「フッ化水素」の3品目である。韓国産業の大手であるサムスン電子,SKハイニックス,LGディスプレーなどの企業に日本のこうした素材を売らないということだ。韓国はこうした素材の基礎研究はしてこなかったので,日本が売らないとなると大変困る。こんなことを日本政府が仕掛けたのは珍しいが,「安全保障を目的とした輸出管理」としてこれを行ったと言う。これは韓国人元徴用工問題への日本の対抗措置ではないと日本政府は言っている。

 しかしこの日本政府の行動の裏には何か別の動きがありそうだ。この韓国への輸出規制は日本経済にとってはあまりメリットがないし,むしろ日本産業としては大きな損失になる。ある情報では,この日本政府の動きにはアメリカの力が働いていると言われている。韓国半導体企業は,現在半導体メモリーDRAMで世界市場の72%を占め,フラシュメモリーで33%を占め,第一位の座にある。アメリカは日本企業の供給する素材を使って韓国の半導体産業を叩こうとしてるらしい。更に韓国がこの日本から輸入した「フッ化水素」などの素材を中国に転売しているという噂があり,どうやら本当のアメリカの目的は中国半導体産業を叩くことにあるようだ。

半導体産業の競争の裏で動くアメリカ

 世界の半導体産業競争の攻防を見てみよう。1970年代の後半からアメリカのインテルがメモリーのDRAMを開発し,それを大型コンピュータ,通信機器用に供給していた。日本は1976年,国家の金で「超LSI技術研究組合」を設立し,国を挙げて半導体技術の開発に取り組み,その結果インテルより品質の良いDRAMを作り,しかも安い価格でこの市場に殴りこんだ。大型コンピュータと通信機器用のDRAMでは高性能,長寿命が要求され,インテルのDRAMは品質的に十分ではなかった。NECなどの日本のDRAM企業の攻勢で,インテルはたちまちDRAM事業を放棄することになった。日本半導体産業は1980年代には世界半導体の80%のシェアを占め,第一位になった。

 そこでアメリカが動いた。アメリカは日本に半導体戦争を仕掛け,日本半導体産業にたいしてダンピングで提訴し,日本に半導体の価格を高くさせて,日本半導体産業の売り上げを下げさせた。しかも日本の半導体の販売価格をトレースすることを強要し,徹底的に日本を追い詰めた。ところが,そのころからパソコンが普及しはじめ,DRAMの需要の中心がそちらに移った。パソコン用のDRAMは,通信機器用と違いそんなに高品質なものは要らず,低価格が要求された。サムスンなどの韓国半導体がパソコンに合った安いDRAMを供給し始めたが,しかしアメリカは韓国半導体企業には何の制裁もせず,むしろサムスンなどの韓国勢が日本の半導体のシェアを食うように仕向けた。この波に乗りサムスンなどの韓国勢は安いDRAM商品で,日本のシェアを食い,急速に伸び,世界ナンバーワンになった。だが今度はアメリカは,世界一になったこの韓国半導体産業を叩こうとしているのである。

トゥキジディデスの罠

 歴史の中で,覇権国家と次の覇権を狙う国家との間ではその攻防のなかで殆ど紛争,戦争になっている。覇権国のスパルタが迫りくる新興国アテネをペロポネソス戦争で攻撃した。覇権国イギリスも産業で力をつけたフランス,ドイツを叩き,新大陸で発展してきたアメリカにも攻撃した。こうした動きを歴史家のトゥキジディデスが指摘し,後にこれを「トゥキジディデスの罠」と呼んだ。紛争や戦争を避けるのができたのはそんなに多くない。

 近代の覇権国家の攻防,変遷は,軍事力や単純な経済規模の大きさではなく,先端技術の開発とその産業力を競う中で起こっている。先端技術の開発は多くの国は他国で開発された先端技術を真似し,それを改良しながら技術を進化させてきた。覇権国と技術で迫りくる国との紛争,戦争になった。イタリア戦争,英仏戦争,日露戦争,太平洋戦争,米ソの冷戦などの根本原因はこれである。

 歴史の中では,先端技術の開発のパイオニアはドイツとフランスであった。フランスの技術移民ユグノー人は,技術開発の能力を持ったもので,一部がドイツに行って,ドイツの技術力を高めた。毛織の生産技術,染料技術,洗浄技術,化学技術,農業技術などでドイツは先端を走った。イギリスは蒸気機関を発明したが,これはあまり使い物にならなかった。ドイツは内燃機関のガソリンエンジンを発明した。同時に石炭を蒸留して石油,ガソリンを作って,自動車を創り上げた。アメリカは自分で創造したものは殆どなく,ドイツ,フランスの先端技術の模倣でいろいろの産業を開発した。アメリカの得意なマスプロダクションの基本技術である「精度と互換性」のコンセプトと技術は,フランスから持ってきたものである。フォードのModelTのガソリンエンジンもドイツから学んだものであり,フォードが創造したのは「ムービングアッセンブリーライン」である。これによりアメリカは自動車産業を資本主義経済の世界的な主導産業にした。

 アメリカは,原爆,コンピュータ,宇宙開発,インターネットという先端技術を別にすると,オリジナルな先端技術はあまり開発していない。

 しかし技術の優れたフランス,ドイツは覇権の座に着くことはなかった。アメリカは大規模な産業化,高度大衆消費社会の開発という「イノベーション」を成し遂げたのである。イノベーションという意味では,アメリカは,フランスやドイツよりも優れていると言える。これまでいろいろの技術の世界標準を決める過程でアメリカは常にアメリカに有利なものにするように力を使って動いてきて,もし他の国が技術の別の世界標準を提唱すると,アメリカ製の世界標準を押し付け,他のものを殺してきた。

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