世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
MMTという妖怪が徘徊している
(エアノス・ジャパン 代表取締役)
2019.08.12
MMT(現代貨幣理論)とは
MMTが徘徊し始めてから,世界の多くの経済学者や政府の役人が躍起になって,それは魔物だ,でたらめな理屈だと騒ぎ立てている。かつて天動説の時代に,地動説が唱えられ始めたときのようである。
MMTという妖怪の正体は次のようなものであるらしい。「為替が変動相場制をとる国で,その国の自国通貨建てでの国債は,いくら発行しても財政破綻になることはない」というものである。そしてこの妖怪には尻尾がついている。それは「供給能力つまりインフレ率という国債発行の上限はある」ということ。
そして「デフレ,イノベーション力の衰退,富の格差などによりその国の経済のバランスが崩れているとき,その崩れを是正し,経済の活力をつけるために必要な資金であれば,それがいかに大きなものであっても政府がそれを供給しても問題はない」。MMTの基本の考え方は「国の債務は国民の資産である」という「信用創造」の理論と事実である。
世界の経済学者,政府,政治家は,この妖怪についていろいろの欠陥をあげつらい,批判している。最も多い批判は,MMTではハイパーインフレーションになるというものである。MMTはインフレになれば金の供給をストップし,増税をすればよいというが,それを実際にコントロールすることは不可能だと言う。
ハイパーインフレは,需要が突然解き放たられ,そしてその供給能力が不足しているときに起こる。歴史の中では,戦争の終結した後,あるいは社会動乱の後などで,突然ある商品の需要が解き放たれ,そしてその供給が不足しているときに起ることがあるが,国債を発行し過ぎたことで起こるものではない。MMTの批判者は,ハイパーインフレーションになるとドイツのヒットラーを呼び寄せることになると言うが,これは間違いで,ヒットラーは,ハイパーインフレーションの時ではなく,その後のデフレの時に現れた。ヒットラーはアウトバーンなどの建設投資をどんどんやりデフレを終息させた。だがその良い成果を逆用してヒットラーは国民を戦争に向かわせた。いずれにしても明確な目的のないものとか,一度に巨大な国債発行,財政投資をしてはならないのであろう。
また政府が国債を発行すると,「円のプール」は限られているので,そのお金が減るために金利が上がり,企業の投資が減り,成長率が下がるという「クラウディングアウト論」でMMTを批判する。しかし日本もアメリカも,国債発行で政府負債が激増する反対側で金利は下がっていった。日本はゼロ金利に張り付いている。つまりグラウディングアウトは起こらなかった。また「円のプール」というものもない。
この妖怪はアメリカからやってきたが,アメリカの提唱者ニューヨーク州立大ステファニー・ケルトン教授は,「現代貨幣理論は,日本の過去30年の経済の動きによって,その理論が正しいことが証明された」と言う。つまり日本政府の負債が大きく積み上げてきているのに金利は逆にゼロに張り付いていることを指している。しかし日本経済はここ30年デフレに悩まされ,経済は衰退しているのに,このように褒められるのは複雑な気分である。「日本はMMTを実行して平成デフレになった」ということで,貶されているのかもしれない。
プライマリーバランスという信仰
日本の財務省は国の「財政健全化」のために働いているという。日本は江戸時代から「倹約」が国民大衆の生活の中に埋め込まれているからなのか,財務省は財政健全化を「省是」としている。IMFも基本的にはプライマリーバランス(財政均衡)を重視し,世界の国々に対してこれで指導し規制してきた。そのために多くの国の経済をおかしくしてきた。しかし何故そうしなければならないのかのちゃんとした説明はない。確かに一般的には借金をしないで財政は均衡した方が良い。そして民間企業や家計にとってはプライマリーバランスは重要なことであるが,通貨発行権をもった国家にとってはその意味は全く違う。現実には世界では昔から目的がはっきりした永久国債が発行されてきた。近年永久債の発行がイギリスその他の先進国でも急増している。最近中国も発行している。
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