世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1429
世界経済評論IMPACT No.1429

欧州米穀市場と化粧米

高橋 塁

(東海大学政治経済学部 准教授)

2019.07.29

はじめに

 前回の寄稿にて,私は欧州米穀産業の歴史について触れ,その中でglazed riceというコメに言及した(「英国の米穀市場にみる移民のプレゼンス」No.1326, 2019年4月1日)。このコメは,昭和初期に農事試験場の技師であった二瓶貞一により「化粧米」という和訳が当てられ日本に紹介されている(二瓶貞一『精米と精穀』西ヶ原刊行会,1941年)。しかし,glazed riceは,情報が全体的に乏しく不明な点も多い。本コラムでは,化粧米調査を通して得た欧州米穀市場を捉える視点について述べる。

欧州米穀市場にみる2つのタイプ

 まず現代の欧州米穀市場について簡単にふれておこう。FAOのRice Market Monitor最新版(Vol.21, No.1, April 2018)によると,EUのコメ生産量は2017年時点で,世界全体(7億5,960万トン)のわずか0.04%にすぎない。しかし,欧州市場におけるコメの輸入はそれなりに大きく,2016年の世界のコメの輸入総額212億7,000万USドルのうち約11.7%がEU市場の輸入額で占められている(FAOSTATによる)。もちろんコメを主食とする国が多いアジアは同比率が45%ほどなので比ぶべくもないが,それでもコメを主食としない欧州で全世界の10%を超えるコメが輸入されている事実は,ある程度のコメ市場が欧州に存在することを裏付けている。その内訳は,移民の多い英国,フランスでEUコメ輸入額の約3分の1を占める。

 他方,EUでコメ生産の太宗をなすのはイタリアとスペインであり,EU全体の8割を占める(FAOSTATによる)。イタリアは北部のピエモンテ州,スペインはバレンシアの米所を抱え,リゾット,パエリアといった代表的なコメ料理も有するなど,古くからコメを中心とする文化を持っている。私は2013年にピエモンテ州のノヴァーラ,2015年にバレンシアの稲作農家を視察したが,リゾットやパエリアにあった品種(例えばイタリアのCarnaroli,スペインのBombaなど)がよく栽培されていた。またアジアと異なりハイブリッド種の栽培は品質低下のため作付しないなど,安全・品質意識や基準が非常に厳しいことが印象的であった。こうした生産の傾向は,イタリアやスペインの伝統文化に根ざした消費市場に適合しており,生産,消費の両面で比較的安定した市場を形成する。この点において,上記の英国やフランスとは同じEU内でも異なるタイプの市場と言えよう。

 安定したコメの国内市場をまともに有してこなかった英国やフランスが,19世紀から植民地を拡大する中でアジアとの関係を深め,コメは交易商品としてその媒体となったことは興味深い。例えば英国の場合,もともと薄い国内市場ゆえのコメの国際市場志向性が,移民に支えられる今日の米穀市場の発展に,特段の摩擦なく繋がったとも考えられるからである。

ベールに包まれた化粧米

 私は,上記の特質をもつ欧州,特に英国米穀市場の展開を調べ,アジア米穀市場の発展メカニズムを逆照射する試みに従事してきた。その過程の中で,私を悩ませたのが「化粧米」の存在であった。通常コメ輸出に伴う精米は,籾殻をとる籾摺,糠層をとる精白を経るが,欧州では,ときに精白米に光沢を出す研米を経て,油や糖蜜塗布,色付が行われた(化粧 ; glazing)。しかしこの化粧米がどのように消費されていたか,具体的に記された資料が乏しく,ベールに包まれたままとなっている。

 この理由として,化粧米はそもそも最終消費よりも,油や糖蜜で皮膜を作り,再輸出時の海上輸送に耐えることを第一義としていたからではないかと私は考えている。すなわち,1)英国ダンディー大学所蔵の精米機メーカー(ダグラス・グラント社)の資料によれば,化粧には小粒で硬い米が適していたとされ,これがビルマ米(ガセイン種)の特質と一致すること,2)19世紀末から20世紀初頭にかけて,英国のロンドン,リバプールでは,ビルマ米等が再精米され西インド諸島や欧州大陸部などに再輸出されたこと,3)ビルマ米の主要輸出市場は,20世紀に入ると欧州から南アジアに移り,輸送手段の発達も相俟って再精米・再輸出を主体とする英国の精米所も衰退を見せること,4)第2次世界大戦後は化粧米生産,技術の情報も殆どなくなること,がその根拠である。

 すなわち化粧米は,少なくとも英国の場合,再精米・再輸出と結びついた加工品であり,コメの国際市場志向性が生み出した産物といえよう。さらなる調査が望まれるものの,化粧米はアジアではまず見られないコメの形態であるがゆえ,欧州でコメがどのように商品として認識されていたかを知り,欧州米穀市場の発展を評価するうえでも化粧米への理解は重要といえるのである。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1429.html)

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