世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1404
世界経済評論IMPACT No.1404

始動した第2次モディ政権の政策課題は

椎野幸平

(拓殖大学 准教授)

2019.07.08

 2019年4〜5月に実施されたインド下院総選挙は,インド人民党(BJP)のモディ政権が大勝し,第2次モディ政権が始動した。

 下院の542議席(定数は545議席で大統領指名2議席と未確定の1議席を除く)を争った総選挙で,モディ首相率いるBJPは303議席(議席占有率55.9%)と,過半数を上回る議席を単独で獲得した。前回総選挙(2014年)の282議席から21議席上積みした。一方,BJPと並ぶ2大政党の一つである国民会議派は前回の44議席から8議席上積みしたものの,52議席(同9.6%)に留まった。地域別にも,BJPは地域政党の強い南部では苦戦したものの,その他地域ではほぼ万遍なく議席を獲得している。

 2014年の前回総選挙で,BJPは30年ぶりに単独過半数を制して政権を獲得した。しかし,今回の選挙前は,連立政権(国民民主同盟)では過半数を維持するものの,BJPは単独過半数を維持できないとの見方が有力であった。その最大の理由は,1期目にMake in Indiaをスローガンに,製造業の振興を目標に掲げたものの,雇用状況に大きな改善がみられないことが得票率を押し下げる要因になるとみられていたためだ。

 予想と大きく異なる大勝となった要因として,第1にモディ首相の強いリーダー像が指摘されている。2019年2月に発生したジャンム・カシミール州でのテロを受け,パキスタンに対して軍事(空爆),経済(200%の報復関税)の両面から強い措置を採ったことも,同首相の強いリーダー像を強める結果となったとみられている。第2に,1期目に農村・低所得者対策を展開し,国民皆銀行口座政策や全国電化,農村へのLPGの普及促進などを展開してきたことも寄与したと考えられる。2004年の総選挙では,当時与党であったBJP(バジパイ政権)は好調な経済成長を背景に「輝くインド」をスローガンに掲げ選挙戦を戦ったものの,農村の不満票が野党に流れたことで,まさかの敗北を喫したが,その教訓を活かしたかたちだ。第3に,マンモハン・シン前政権(国民会議派)後期には,原油価格の上昇などにより,インフレ率が2桁(2013年には消費者物価上昇率は10.9%に上昇)に達したことが前回総選挙でBJPの勝利につながる要因となったが,今回の総選挙ではインフレ率が5%程度と,比較的落ち着いていたことも寄与したと指摘できる。

 インドの総選挙の歴史的展開を確認すると,1947年の英国からの独立以降,独立を主導したネルー元首相率いる国民会議派が圧倒的な支持を有し,一党優位体制と呼ばれる状況にあった。ネルー死後,国民会議派は分裂によって勢力を低下させつつも,1984年の総選挙までほぼ継続的に単独過半数を制してきた。しかし,1989年の総選挙以降,国民会議派は単独過半数を得られない一方,BJPが勢力を拡大するとともに,インドの多様性を反映し,地域政党が台頭する時代にあった。その結果,前回総選挙まではいずれの政党も単独過半数を得ることのできない状況が長く続いてきた。そうした中にあって,モディ首相率いるBJPは2期連続で単独過半数を獲得し,安定的な政治的基盤を確立した。

 2期目のモディ政権が抱える主要な政策課題はどのようなものであろうか。下院で過半数を獲得したといっても,上院で過半数を有していないモディ政権には限界はあるものの,政権基盤を強化したことで,2期目ではこれまで以上に大胆な政策展開を期待できる。経済政策面では,政治的反発が強く,1期目では実現できなかった土地収用法の緩和,硬直的な労働法の改正,国有企業の民営化などの経済改革に切り込めるかが注目される。また,不良債権問題への対処,電力の配電改革も残された重要課題である。一方,BJPは農民の所得倍増を公約しており,農村・低所得者対策については,引き続き,財政拡張的な政策を採ることは想定される。

 外交面では,対中国外交が引き続き注視される。中印関係は2018年4月に武漢で開かれた非公式首脳会談以降,落ち着きをみせているが,インドは中国が進める一帯一路に対しては批判的な立場を示し,特に係争地であるカシミールを通過する中国・パキスタン経済回廊については国家主権の核心的懸念を無視したプロジェクトとして強く反対している(但し,AIIBについては,インドは中国に次ぐ第2の出資国〔7.5%〕として,積極的に関与)。一方,インドの対米関係も磐石な状況にはない。総選挙に勝利したモディ政権は,早速,6月に対米報復関税を発動した。本報復関税は2018年6月から,米国の鉄鋼・アルミへの追加関税発動に対する措置として発動する方針を示していたが,対米関係に配慮して延期を繰り返してきたものである。一方,米国は,5月にはインドに認めていたイラン産原油輸入禁止の猶予措置を撤廃し,6月にはインドを一般特恵関税(GSP)の適用除外としている。

 対外経済政策面では,東アジア地域包括的経済連携(RCEP)への取り組みが当面の最大の課題である。RCEPの今年中の妥結には,インドの歩み寄りが得られるかが大きな課題となっている。2018年度予算案で,一般関税の引き上げ方針を示し,対中貿易赤字の拡大に苦慮するモディ政権が合意に達するのは容易ではないものの,モディ首相が決断をしやすい政権基盤となったことは,RCEP交渉にとってはポジティブな方向性を与えるものとなっている。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1404.html)

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