世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1390
世界経済評論IMPACT No.1390

日本はAI時代にどう向き合うか:鍵は独自技術開発と人材育成

三輪晴治

(エアノス・ジャパン 代表取締役)

2019.06.24

マスプロによる世界標準化から「カスタマイゼーション」へ

 これまでの技術商品とは違い,AI技術は,グローバル化で一つの技術が世界を支配するものではない。AI技術は地域の文化,歴史,習慣,思考のデータに基づき構築進化されるもので,世界標準となり,一つのAI技術が世界を支配するものではない。

 特に最近,生産技術の進化(多品種少量生産技術,マスカスタマイゼーション)とナノ科学の発達で,これがAI技術と融合して,人間の消費する商品が地域の風土・文化のなかでカスタマイズされてきている。これまではマスプロダクションで同じ商品を世界に広めようとしたが,それが反転してきており,その中でAI技術が新しいイノベーションを起こし始めている。

AI技術の罠

 しかしAI技術についてはすでにいろいろと心配されているように,AI技術は,使い方によっては「ビッグ・ブラザー」といわれるような個人を過度に監視する監視管理社会にしたり,人間の仕事を奪い取る可能性がある。AI技術が暴走して自律殺傷兵器を造って戦争を起こしたり,社会を破壊するものになる危険性がある。かつては黒曜石も,青銅も,鉄も武器として使われたことがある。原子力科学も原子爆弾として使われ多くの人を殺した。人間社会の繁栄のためにAI技術を生かして進化させなければならない。

 特に心配なことはAI技術が人間の職場を奪いそうなことである。2014年AI研究者のオズボーンとフライは「今後10年から20年程度でアメリカの雇用者の約47%の仕事が消滅するリスクが高い」と言っている。ブルキングス研究所はアメリカ全雇用の25%が2030年までに自動化されなくなる可能性があると言っている。日本でもある予測では「AIやロボット関連の専門職・技術者で270万人の増加が見込まれるが,工場などの現場で働く人は150万人減り,販売に携わる人は65万人減少する」と言われている。AI技術は知的労働をしている管理者,専門職の仕事を奪うことになる。AI技術は人間社会の繁栄のために使わなければならなう。AI技術により高付加価値を生み高賃金の得られる多くの職場を創造しなければならない。

日本でAI技術をどう進めていきべきか

 日本がこのようなAI技術を社会の発展のためのものにするためにはいくつかの重要なことがある。先ず重要なことは,AI技術は失敗を重ねながら進化していくものであることを理解することだ。日本の企業,社会は,失敗することを恐れるために,新しいことに手を出さない。しかも失敗してもなぜ失敗したのかを明らかにし,それを次の実験や行動に生かしていない。失敗は悪だとして,すぐそれをもみ消してしまう。これを国として改める必要がある。これができればこれまでの技術でもイノベーションが起こることになる。

 最近の日本政府の「革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)」のように,いろいろのプロジェクトに大きな金を投下しているが,あまり成果が上がっていない。多くは失敗しているようだが,問題はその失敗のデータを十分生かしていないことである。

 アメリカや中国で開発されたAI技術をそのまま使用するのではなく,日本としてのAI技術の進化を図らなければならない。そのためには国も,社会も,企業もAI技術をどのように適応していくかのAI技術戦略を造り,AI技術の進化を社会として評価する仕組みを造る必要がある。重要なことは,時の政府,政党としてではなく,日本の国民社会として,トライアル・アンド・エラーを通じて社会の繁栄のためにAI技術を進化させなければならない。

 中国では,国家,共産党がAI技術をドライブしている。中国はAI開発を国家戦略に位置付け,2016年AIを国家プロジェクトに位置付け「中国脳計画」を立ち上げ,第4次産業革命としてIoT,AIによる産業の自律化を掲げている。そして2017年7月中国は「2030年までに世界のAI産業のトップに立つ」と宣言した。しかし共産党がAIをドライブするのは危険がある。アメリカのトランプはこれに対して中国をそうさせないようにと動いている。しかし,AI技術はとにかく進化続けるものであり,アメリカが他の国のAI技術の進化に介入することはできそうにない。

 日本は今既に世界のAI技術の開発競争に遅れていると言われているが,それをそう心配する必要はない。日本独自のAI技術の開発を進めていくことであり,ガラバゴスでよい。そして本当の意味での「特区」で,いろいろの実験を重ねていくことである。

 それには国としてAI技術を展開するにはAIに取り組める人材の教育投資が必要になる。経済産業省の調べでは日本のITを含めたAI分野の人材は2020年時点で29万人が不足し,2030年では56万人が不足するという。AI時代で活躍できる人を教育し育てる環境を造る必要がある。

 そしてAI時代における日本の経済社会の構造を考える必要がある。十分な職場が創造できなければベイシックインカムと新しい税制などの制度も考える必要がある。日本は国としてAI時代に向き合う体制を創らなければならない。

 AI技術は,すでに自動車の自動運転,交通システム,汚染大気モニター・予知,病気の診断,治療技術,経済政策,セキュリティ,学習教育,環境改善,医療診断,インフラの管理,災害防止,次世代の情報検索などに適用されつつあるが,これから我々が思いもしなかったものもAI技術で新しい分野が開けてくる。日本ではAI技術を人の職場を削減するのではなく,新しい経済社会の仕組みを創ることに注力しなければならない。AI技術は日本が大いに活躍できる分野である。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1390.html)

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