世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
これからのイノベーション:日本産業衰退の原因は何か
(エアノス・ジャパン 代表取締役)
2019.06.17
新しい技術の波
これまでいろいろの新しい技術の波が押し寄せ,経済社会を大きく変えてきたが,どうも日本はその波に旨く乗りそこねているものが多い。ナノテクノロジー,第五世代コンピュータ,情報検索技術,高速通信技術,データベース・ビジネスなどは,日本はその世界の技術の波の主流の座から外れてしまっている。今また「IoT」や「AI」という新しい技術の大きな波が起こり始めているが,日本はこの大きな波に乗ることができるであろうか。AI技術はアメリカより生まれてきたが,今中国が国家を挙げてAI技術の開発に力を入れ,ディープラーニングに関する論文数では既に中国はアメリカを越えている。
「AI(人工知能)」は,これからあらゆるところに入り込み,人間の経済社会を塗り替える新しい技術である。かつてモーターと内燃機関エンジンが発明されて,産業と社会生活が大きく変わり,そして半導体が更に世界を大きく変えたが,AIはそれとは比較にならない大きなインパクトをこれからの人間社会に与える。
日本が家電産業から撤退した後,イギリスのダイソンは「AIで家電を変える」と宣言して,どんどん新しい魅力ある家電製品を開発している。もしアップルのスティーブ・ジョッブが生きていたら「AIで世界を変える」と言ったであろう。AIは将棋,囲碁,オセロの棋士を負かしており,AIはいずれ人間の人知を乗り超えるものになるであろうが,AIを旨く取り込む企業とそうでない企業との差ができ二極化が起こるとも言われおり,AIでリーダーになった国がこれからの世界の支配者になるとまで言われている。アメリカのトランプと中国が今争っている貿易戦争は,実はこの「AI技術」の覇権をめぐっての争いである。
AI技術はこれまでの技術とは違う
AI技術は,これまでの技術とは違う。これまでの技術は,ある基本論理を基に最終の技術・製品に完成させるもので,つまり最初にスペック,設計図を描いてそれを実施・実現するものである。だがAI技術はそうではない。技術を構成するいろいろのエレメントのあらゆる可能性を追求し続けるものである。そしてAI技術は人間の思考,行動,習慣,風土のなかでいろいろ形を変えながら進化し続けるものである。AI技術はその自然界を含めた人間社会の「複雑系」のなかでいろいろの事象の確かさを求めながら,新しいシステム,商品を開発しながら,進化させていくものである。
現在のAIは,それが導き出すものは,それまで人間が考え,開発してきたもののさまざまな属性データをもとに予測した確率から得られるものである。従ってその時点でそれが絶対正しいものだとは言えない。つまりエキスパートシステム,ニューロファジィ,ベイジアン・ネットワーク,マシーンラニング,ニューラル・ネットワーク,ディープラーニングといういろいろの技術を持つAIでは,それが出す答えが絶対に正しいという保証はないが,しかしAの解よりBの解の方が良い,あるいは現在見えているいろいろの解のなかで,どの解が一番よいかを探索するのである。そしてAI技術の進化によって,更により良い解が追求されていく。
地域社会の風土の中でのAI進化
AI技術は,自然環境とその人間の地域社会の思考,歴史,風土,複雑な環境のもとで,いろいろなデータを基にして進化するものであるが,AI技術は,実験をしながら,その地域社会における人間のおぼろげな暗黙知を形式知にして,現実に有用なものにする。これまでの技術のように,世界標準としてある技術が世界共通の装置,仕組みになるものは少ない。従ってこれまでのように,ある国が開発した技術を真似してそれに従うというのでは,その国の発展はない。
AI技術を使ったカーシェアもアメリカ,アジア,日本はそれぞれ違った仕組みで動いている。単なる規制の違いの問題ではなく,その国,地域の文化,風土にあったものが生まれるのである。中国は独自の情報検索システムを造ろうとしてる。そのためにグーグル,FB(フェースブック),ツイッターを中国国内から締め出している。中国のシステムが良いかどうかは分からないが,独自のものを作ろうとしているのである。マレーシアではイスラム教の戒律に適合した情報検索システムが生まれ拡大している。現在日本の国民は,知識・情報をアメリカのグーグル情報検索を通じて得ているが,情報検索にはフェイク情報も入ってくるので,これは見方によっては大変危険なことである。日本はその環境の中で独自のベストなものを作る必要がある。
AI技術は実験を重ねながら進化する
AI技術の開発は,最初に開発技術のスペックと設計図があるのではない。トライアル・アンド・エラーで,新しいプロトタイプを創り,実験を繰り返し,失敗をしながら,より良いものを求めていくものである。重要なことは,誤りと気付いたときすぐそれを是正する行動である。
ところが日本には失敗は悪とされ,失敗を許さない風土がある。1960年頃から1980年の日本経済の発展は,アメリカからいろいろと教えてもらい,アメリカの商品を真似して,安く,品質の良いものを製造したことによるが,大きな失敗をしないで良い商品が造ることができた。そのために日本では失敗を許さない,失敗は悪であるという風土をつくってしまった。だから今でも日本産業にはいろいろ実験をして,失敗をしながら商品を開発するという風土がない。技術者は失敗すると会社に罰せられるので,その失敗はなかったものとしてすぐ消してしまう。あるいは失敗と分かっていても自分の責任にしないためにそのまま商品を出す。だから日本はリスクのある大きなイノベーションに挑戦できないし,失敗という貴重なデータを活用しなかった。これが1990年以降に日本産業を衰退させた原因である。
AI技術の開発競争は,相手より早く沢山の失敗をして,より多くの知見を蓄積し,それをもとに本物の技術を開発するかである。アメリカではDARPA(国防高等研究計画局)などで国が新しい技術の研究開発をしているが,極めて多くの失敗をしていると報じられている。しかしアメリカはその失敗をいろいろと生かして,新しい技術を開発してきたのである。伸びているアマゾンは「実験会社」と言われている。クラウド・サーバー・ビジネス,ネット+店舗ビジネス,AIスマート・スピーカーなど,いろいろと新しいビジネス・コンセプトを実験しながら,次々と新しいビジネスを創造している。
中国はこのことをよく理解し,どんどん失敗を繰り返しながら技術を進化させている。特に中国のゲリラベンチャーとわれている多くのスタートアップが,いろいろの失敗をしながら新しい技術・商品を開発している。トランプが恐れているのは,中国が国を上げて,どんどん実験と失敗を重ねながら開発している動きである。
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