世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1379

脱製造業化で良いのか

三輪晴治

((株)エアノス・ジャパン 代表取締役)

2019.06.10

脱製造業宣言

 日立製作所は2019年4月26日,グループ企業の中核の一つである日立化成を売却すると発表した。「ポスト製造業」ということで,「モノづくり」から「デジタル」や「データビジネス」にシフトすることを宣言した。東原社長も「製造業はなくなる」と言い切っており,ポスト製造業の時代に勝ち抜くには,日立化成のような稼ぐ力のないグループは必要ないとしている。グローバル化を更に進め,現在の海外の売り上げ比率の51%を6割強にすると言っている。そして日立は経営指標として投下資本利益率(ROIC)を採用し,その目標として10%を目指すという。

 日立は,日本のモノづくり企業の先頭を走る企業であったが,2009年ころ業績が悪化し,「選択と集中」として,半導体部門,コンピュータ部門,HDD部門,家電部門などをどんどん縮小していった。これからデジタルを中心にしたビジネスを展開し,IoT市場にも参入すると宣言している。

 日本の家電産業であるサンヨー,ソニーも,家電商品を整理し,オフショアー化したり,撤退している。パナソニックも製造部門で儲からないものをクローズしたり,売却している。東芝は,モノづくり部門をおかしくしたことで業績が悪くなり,選択と集中と言って,製造部門を縮小してきた。

 このように日本の産業は脱製造業に走っているが,それでよいのであろうか。かつて東芝が理想の企業と崇めていた超優良企業のアメリカのジェネラル・エレクトリック(GE)は,製造部門,家電部門,照明部門などを売却し,ヘルスケアも本体から外して,モノづくり部門から撤退して,電力と航空機エンジンの会社にするためにリストラ中である。

脱製造業化への流れ

 日本産業は,ダニエル・ベルの「脱工業化論」を誤解したのだろうか,モノづくりをどんどん捨ててきている。特に最近日本産業は,日本の長く続くデフレで苦しみながら,製造業部門業績の不振のなかで,構造改革として「脱製造業化」がその道だと思い,選択と集中と言ってどんどん製造業を捨ててきている。

 実はアメリカも1981年レーガン大統領になってから,新自由主義を掲げたグローバル化が進み,産業のリストラクチャーをして,モノづくり産業の空洞化,オフショアー化を進め,その結果多国籍企業は儲かったが,アメリカの経済力を衰退させてきた。日本はそのアメリカの尻馬に乗り,2000年頃からグローバル化して,製造業のリストラをして,「選択と集中」と言って業績の悪い創造部門を切り捨ててきた。それで日本経済はおかしくなってしまった。

 本来であれば,資本主義経済の産業の動きとして,業績の悪い部門は立て直すためにイノベーションにより生産性の向上投資,商品の革新投資をするのであるが,それをアメリカも日本もしなかった。日立は利益が出ていない部門は廃止すると言っている。アメリカのトランプは今その製造業を呼び戻そうとしているが,いったん撤退した産業を戻すことは容易なことではない。

 ある評論家は,アメリカの製造業のGDPに占める比率が17%に落ちてきているのはポスト工業化時代の流れであり,これから日本も製造業から,産業の高度化として,サービス産業,デジタル産業に向かわなければならないと言う。現在の日本のGDPに占める製造業の比率は20%ぐらいだが,これからその比率はもっと下がるであろうと言っている。

 しかしそうではないのではないか。アメリカ,日本が製造業を放棄し,オフショアー化したのであり,そのために中国は製造業を拡大し,GDPの35%以上を製造業が占めるようになったのであり,最近ベトナム,インドをはじめとするアジアもそのために製造業を拡大してきているのである。つまりこのアメリカや日本の製造業の比率の低下は,産業の動きとして生産性向上投資,イノベーション投資を繰り返しながら発展するという動きを放棄して,製造業を空洞化させたことによる結果であった。

スプレッドシート経営で製造業は衰退した

 こうした先進国の製造業の衰退,空洞化には別の理由がある。クレイトン・クリステンセンは,1980年以降のアメリカの産業の衰退は,経営者がROIC(投下資本利益率),ROE(自己資本純利益率),ROA(純資産利益率)などの管理表(スプレッドシート)で経営して来たからであると言っている。特に株式市場におけるアナリストと株主が,この指標に達しない企業の経営者に退陣を迫ったからである。多くの株主は投資してリスクのある新事業を開発したり,生産向上投資をするのをやめることを経営者に強要したのである。そして利益追求の結果の内部留保を株主への配当に回すように要求している。そのために企業は長期的なイノベーションには手を出せなくなってきている。

 企業のROEは良くなるが,企業力は弱体化し,経済全体を衰退化させた。このようなスプレッドシート経営が日本を脱製造業に追いやり,産業の衰退を招いたのである。日産のゴーンの「コミットメント」というコストカット経営は,このスプレッドシート経営であったようだ。東芝は,「チャレンジ」と言って,利益の数字をどんなことをしても上げさせようとして会社がおかしくなった。しかしトヨタの豊田章男社長は,最近スプレッドシートの数字を追わないで,新しい自動車,新しいビジネスモデルの開発,創造に力を入れてきている。

イノベーションによるモノづくり産業の重要性

 これからソフト化,デジタル化はあらゆるところで進むが,しかしソフトやデジタルはハードを通じてしか人間には消費されない。ハードを創る製造業はこれからも重要になる。IoTやAIにはハードのデータが基礎になっている。ハードを手放したところではAIは進まないし,データベース・ビジネスといってもハードがなければ意味がないものが多い。IoTセンサーもハードの動きをセンサーでとらえ,ハードを含めたシステム全体の新しいビジネスを創造することになる。

 デジタル化の主流を走っているGAFA(グーグル,アマゾン,フェイスブック,アップル)は株価は膨大に膨らんだが,それに比較して人間の職場は少ない。最近のこうした新しい企業は事業としては赤字であるが,株価高で活動しているところがあが,本来の姿ではない。雇用という点ではあまり貢献していない。

 しかしそのGAFAも最近はハードを拡充し始めている。良いハードがなければソフトも進化しない。GAFAも単なるソフト,データだけではなく,今いろいろとハード技術・商品の開発に力を入れてきている。そのためにハードのエンジニアを多く雇い始めている。アマゾンはネット販売をやっているが,同時に最近小売店舗も持って,生鮮食品その他をローカルで配送している。同時にいろいろのハードのデジタル商品:アレクサ・スマート・スピーカーなどを開発し,ビジネスを拡大している。

 日本企業はアメリカのGAFAに倣い,ハードからデジタルにシフトしようとしているが,日本はまだソフト,デジタルでアメリカに伍していける能力は持っていない。

 日本の家電産業が撤退してから,スティーブ・ジョッブが「TVを再発明する」と言ってスマートホーンを創り,アメリカ,ヨーロッパの企業が魅力ある家電製品に開発に取り組んでいる。イギリスのダイソンは「AIで家電を変える」と宣言し,AIを使った掃除機や空気清浄機などで新しい魅力ある商品を開発してビジネスを広げている。

 トランプは今アメリカの衰退したモノづくり産業を取り戻そうとしている。それなのに今日本は一周遅れで脱製造業の旗を振っている。

 中国は,この10年の賃金上昇で世界の工場の地位が下落してきているが,中国では,この賃金上昇をカバーする生産性向上投資が進み始めているようだ。多くの自動化技術装置の企業はその需要の旺盛な中国市場でのビジネスを拡大している。

 事業とは,その市場が消滅した場合を除き,競争の状況,賃金,素材などの外界の条件の変化に対して,それを克服するためのイノベーションを常に繰り返しながら変化,進化させながら拡大発展させるものである。利益が出なくなったら撤退して,他の事業に移るというものではない。イノベーションで既存商品をサービスを含め新しい価値を創造する新しいビジネスを開発すると言うことでなければならない。

 日本は今のところアメリカのGAFAとソフト,デジタルで直接挑戦するのは難しい。これからAI技術は新しい市場を創造するが,同時に現在のいろいろの産業,商品を変化,進化させるものである。また近年開発されつつあるナノテクノロジー,ナノマテリアルもこれまでの産業を塗り替え,イノベーションを興すものである。特に日本はこれからの世界で必要になるナノテクノロジー,ナノマテリアルズ(カーボン・ナノ・チューブ,フラーレン,グラフェン,ナノセルローズなどの素材で,原子,分子をコントロールして新しい素材を創り,それをいろいろ組み合わせるもの)を基にした素材産業,専門機能部品産業をAI技術とともに日本の国家的な戦略産業として拡大し,これを世界に供給していくべきであろう。

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