世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1360
世界経済評論IMPACT No.1360

マクロン政治と「黄色いベスト」運動

田中友義

(駿河台大学 名誉教授)

2019.05.13

 今,マクロン政治への国民の怒りを制御できなくなったフランスが大きく揺れている。そうした状況下,4月15日に起きたフランスの象徴でもある「ノートルダム大聖堂」の大規模な火災が国民に大きな衝撃を与えた。エマニュエル・マクロン大統領はすぐに「5年で再建する」と宣言し,国民の結束を訴えたが,修復には数十年かかるとの建築専門家の見方もあって,そう簡単に修復作業が進むことではない。3年後の2022年の大統領選挙,5年後の2024年のパリ五輪を控えたマクロン氏には求心力を高める狙いがあるのだろうが,改革路線の修正を余儀なくされている現在,求心力がさらに下がる可能性さえ否定できない。

 昨年11月以降,毎土曜日にフランス全土へ広がった激しい反政府デモ「黄色いベスト」運動は参加者数こそ減ったものの暴動の様相を強めつつ今も続く。地方の低所得者層の不満を鎮静化するため,自らが進めてきた構造改革の見直し(段階的な撤退)を余儀なくされ,マクロン氏の改革派のイメージはすっかり傷ついてしまった。リベラル・改革派の急先鋒のマクロン氏の権威は,「金持ち優先の大統領」というレッテルを張られて深刻な打撃を受けた。大統領就任後から,果敢に断行してきた成長重視・親企業的なマクロン流の改革路線を巡って賛否が分かれる。

 マクロン氏が昨年12月10日に発表した燃料費税引き上げの先送りや最低賃金の引き上げなどに要する政府の歳出増や税収減によって,フランス政府は本年予算の財政赤字をEUルールのGDP比3%以内に抑える計画が3.2%に膨らむと見込まれる。マクロン氏が「黄色いベスト」運動による反政権デモに妥協したことで,ユーロ圏共通予算などマクロン氏が唱えてきたEU改革への対外的な説得力も弱まるだろう。

 マクロン氏の支持率は大統領就任時の60%台から現在20%〜30%を上下する記録的な低水準で推移している。本年1月初めに公表された世論調査によると,国民の4分の3がマクロン氏の政策運営に不満を持っている。また,半数以上が家計所得を増やすための一段の対策を最重要視していると答えている。マクロン氏の政策や行動に満足しているとの回答は25%にとどまる一方,不満を表明したのは75%と極めて高かった(フィガロ紙)。

 マクロン氏は4月25日,大聖堂火災によって発表が遅れていた改革路線修正の第2弾を記者会見で明らかにした。その中で,マクロン氏は,労働者に対する所得税の大幅削減,公務員の大幅削減の見直し,フランスのエリート校の仏国立行政学院ENAの閉鎖などを示す一方,政権発足当初に決定した批判の多い富裕税廃止については来年に再検討するとしつつも「富裕層への贈り物ではない」と釈明した。

 この記者会見に対する世論調査では,「説得力があった」との回答が37%であったのに対して,63%が「説得力がなかった」と回答した。マクロン氏としては「黄色いベスト」運動の抗議デモに区切りを付け,5年任期の「第2幕」への転換を図ったが,不発に終わったとみられる(仏フィガロ紙)。マクロン氏が反政権運動の鎮静化に手間取るようだと,盤石だとみられていた政権基盤が大きく揺らぎ,政治危機が一気に高まる。そして,目前に迫っている5月23日〜26日の欧州議会選挙での極右・極左のポピュリズム政党の躍進を許すことになれば,マクロン氏の大統領再選に黄信号がともることになる。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1360.html)

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