世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
保護主義拡大下のメガFTAと日本
(九州大学大学院 教授)
2019.04.22
現在,世界で保護主義と貿易摩擦が拡大している。2017年1月にはトランプ氏がアメリカ大統領に就任した。トランプ大統領はこれまでのアメリカの通商政策を逆転させ,保護主義と貿易摩擦を引き起こしている。トランプ大統領就任直後にアメリカはTPPから離脱した。更には世界各国からの輸入に高関税を掛け,貿易摩擦を引き起こしている。
とりわけ2018年からの中国との貿易摩擦は,大きな負の影響を世界経済に与えている。アメリカは,2018年3月23日には通商拡大法232条によって鉄鋼とアルミニウムにそれぞれ25%と10%の追加関税を掛けた。この措置に対抗して中国は,4月2日にアメリカからの果物や豚肉等に追加関税を掛けた。アメリカは,更に中国向けの措置として,通商法301条に基づき,7月6日,8月23日,9月24日にそれぞれ追加の高関税を掛けた。他方,中国は報復の高関税を掛けた。これらの措置により,アメリカは中国からの輸入額の約50%に高関税を掛ける一方,中国はアメリカからの輸入額の約70%に高関税を掛ける事態となってしまった。
保護主義と米中貿易摩擦の拡大は,世界経済へ大きな打撃を与える。米中両国経済にはもちろん,アメリカや中国に部品などを提供する国や企業にも,大きな打撃を与える。特に,巨大な生産ネットワークの中で部品・中間財を相互に貿易して急速に発展してきている東アジアは,大きな打撃を受ける。
TPPからアメリカが離脱して保護主義が拡大する中で,日本はアメリカ抜きの11カ国によるTPP11を提案し,その交渉をリードした。2017年5月の交渉会合で日本が提案したTPP11が交渉開始され,2017年11月の閣僚会合でCPTPPが大筋合意された。各国がアメリカとの間で結んだ厳しい条件のいくつかは凍結された上で,2018年1月に協定文が最終的に確定し,3月8日に11カ国によって署名された。そして11月には先行する6カ国が国内手続きを完了して,12月30日に遂に発効した。
CPTPPは,5億人の人口,世界のGDPの約13%,貿易総額の15%の規模を有するメガFTAとなる。アメリカが抜けてオリジナルのTPPに比べると小さくなったものの,その発効のインパクトは大きい。そしてTPPの高い水準の貿易自由化と新たなルールの大半を受け継ぎ,今後のメガFTAの雛形になる。またCPTPPが発効することによって,更に参加国が増える可能性が高い。
日本EU・EPAも,CPTPP交渉に後押しされる形で交渉が進められ,そして2018年12月に日本とEUの議会で承認されて,2019年2月1日には発効した。アジア太平洋に跨るメガFTAであるCPTPPに加えて,日本とヨーロッパに跨るメガFTAが発効した。CPTPPと日本EU・EPAが相互にプラスに作用する可能性がある。
保護主義が拡大する中で,RCEPの交渉も進められてきた。RCEPは,世界の成長センターである東アジアの経済統合・メガFTAであり,CPTPPと日本EU・EPAが発効に向かう中で,2018年中の実質合意を目指したが,妥結は出来なかった。その原因としては,インド要因も大きかった。RCEPはインドの選挙後の今秋の交渉妥結を目指している。
オリジナルのTPPが他のメガFTAを後押ししたように,CPTPPと日本EU・EPAの発効がRCEPに作用して,更に3つのメガFTAが相互に作用して相乗効果を生むであろう。またCPTPPに見られるような参加国の増大が,更に相乗効果を生むであろう。現在の世界経済はきわめて厳しい状況にあるが,3つのメガFTAが,現在の保護主義と貿易摩擦を少しずつ逆転させていくことを期待したい。
日本は,CPTPP,RCEP,日本EU・EPAの3つのメガFTAを進めて保護主義に対抗している。更に3つのメガFTAを進めて行かなければならない。日本がASEANと協力して,RCEPの交渉妥結に導く事も重要である。
同時に日本は,アメリカにTPPとメガFTAの利点を説明して,TPPに戻ることを説き続けなければならない。そして日米交渉では,CPTPPを盾に,TPP以上の関税引き下げには応じないようにしなくてはならない。
またG20の今年の議長国は日本であり,6月には大阪でG20サミットを開催する。米中貿易摩擦を解決に向かわせるとともに,保護主義に対抗して自由貿易の拡大と通商ルール化を進めて行かなければならない。
アメリカとEUの貿易摩擦も拡大する可能性がある。今後,更に保護主義と貿易摩擦が拡大して行くならば,大戦間期のブロック経済のような状態に陥る可能性も,全く否定はできない。現在の世界経済において,世界第3位の経済大国である日本の役割はきわめて大きい。
*詳しくは,拙稿「世界経済における保護主義拡大下のメガFTAと日本」,国際貿易投資研究所(ITI)『アジア太平洋経済と通商秩序―過去,現在,未来―【山澤逸平先生追悼論叢】〜その1〜』を参照されたい。
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