世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1335
世界経済評論IMPACT No.1335

インドの越境空爆と印パ情勢をめぐる新たな構図

小島 眞

(拓殖大学 名誉教授)

2019.04.08

 去る2月14日,インドの実効支配下にあるジャンムー・カシミール州においてイスラム過激派による自爆テロが発生し,インド治安部隊のメンバー40人以上が殺害された。それを受けて2月26日,インドはパキスタンのカイバル・パクトゥンクワ州(旧北西辺境州)のバラコットにあるテロ集団(ジャイシュ=エ=ムハンマド:JeM)の訓練センターへの空爆を断行した。今回のインド軍の空爆は第3次印パ戦争以来の実に48年振りのパキスタン本土への越境空爆であり,それ自体,事の重大性を物語るものであるが,さらに留意されるべきは,ともに核武装している印パ両国間で「恐怖の均衡」が保たれている中,そのことを重々承知で強行された越境空爆であったということである。

 翌2月27日,パキスタンはF-16戦闘機10機を出動させ,停戦ライン上のインドの軍事施設への攻撃を図リ,インド側はMIG-21とSu-30MKIで迎撃した。空中戦では,MIG-21戦闘機1機がパキスタン本土に侵入した地点でF-16戦闘機によって撃墜された。パキスタン側に拘束されたインド人空軍中佐は2日後にはインド側に引き渡たされたが,今回,パキスタン政府がこうした対応を示すにいたったのは,印パ情勢をめぐる従来の構図が大きく変容しつつあることを反映した結果といえる。新たな構図として,次の2点を指摘できる。

 第1に,2001年の国会襲撃や2008年のムンバイ同時多発テロを含めて,これまでインドは再三,パキスタンに拠点を置くイスラム過激派によるテロ攻撃による被害を受けながらも,報復措置を含む有効な対抗措置を講じることができずにいたが,今回,越境空爆に踏み切ったことで,これまでの隠忍自重の姿勢から脱して,「核の脅し」には屈しないとの意思表示を鮮明にしたことである。

 第2に,今回のプルワナ襲撃を契機として,印パ対立をめぐっての国際構図がインド側に有利に作用するようになったことである。従来,カシミールのテロ事件に対する国際社会の反応といえば,それは印パ両当事国に係わる問題であるとの傍観者的な立場から,その責任の所在も含めて,印パ両国を同列に扱い,両当事国間で解決すべき問題であるとみなす傾向にあったが,事件発生の約1週間後の2月22日,国連安全保障理事会において,JeMの名前を明記した上で,今回のテロ事件を最も強い口調で非難する決議が15か国全会一致で採択された。

 今回,特に注目されるのは,周辺のイスラム諸国がインドを利する対応を示したことである。折しもイスラム協力機構が3月1−2日にUAEのアブダビで開催された際,パキスタンの反対を押し切って,インドは主賓として招待され,初めて参加する機会を得た。パキスタンに拠点を置くイスラム過激派の活動が周辺地域に広がり,それを黙認・支援しているとされるパキスタン当局に批判的な目が向けられるようになったためでもある。また中国は印パ対立においては常に100%パキスタンに与する対応を示してきたわけであるが,今回,国連安全保障理事会において非難決議を曲がりなりにも採択できたのも,中国が最終的に拒否権を発動しなかったためである。また今回,印パ間の空中戦において,パキスタンがF-16を出動させ,最新の中距離空対空ミサイルでインドのMIG-21を撃墜させたが,この件をめぐって米パ間に微妙な隙間風が生じている。パキスタンへの武器輸出は,あくまでも対テロ戦争用のものとされていたからである。

 今回の印パ衝突は,来るべき総選挙の行方,さらにはカシミール統治のあり方など,インド国内政治の動向にも大きな波紋を及ぼしている。印パ衝突が生じたことに伴い,必然的に与野党を含めてインドが一致団結せざるを得ない状況にある中,パキスタンに断固たる対応を示しているモディ政権への支持が高まる傾向を示している。4月11日から5月19日までの総選挙(開票日:5月23日)において再選を目指すモディ政権にとって,今回の印パ衝突は,タイミング的に有利な追い風になっているといえよう。

 もう一つ指摘されるべき点は,インドのカシミールでの統治のあり方が大きく問われていることである。独立以来,インド実効支配下のジャンムー・カシミール州では,パキスタン側からの武装勢力が絶えず浸透しており,同州で他州とは異なる法体系が適用されている。留意されるべきは,モディ政権の下で,より徹底した治安対策が適用され,それに対する若者の抗議運動が広がるようになったことである。若者を絶望の淵に追いやるような状況が改善されない限り,単に治安対策の強化のみで事態の打開を図ることは困難である。インドでは唯一,イスラム教徒が多数派を占める同州において,ヒンドゥー至上主義的手法を振りかざすことなく,そこでのイスラム勢力といかに折合をつけていけるのか,民主主義大国インドに突きつけられている大きな課題である。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1335.html)

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