世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1286

EUにおける資本主義と「市民社会」

高橋岩和

(明治大学 名誉教授)

2019.02.18

 今日,経済のグローバル化が進捗するにつれて「市民社会の反乱」といった現象が世界的に起きている。アメリカにおけるAmerica, first!をスローガンとする自国産業振興第一主義やメキシコ国境の難民阻止のための壁建設などがその例であり,EUにおいても少なからざる加盟国にみられる移民排斥運動や右派政党の勃興などもその例である。そこで,EUにおけるこの「市民社会の反乱」の原因とその抑制のあり方を考えてみたい。

 欧州において経済のグローバル化ということは,1958年の欧州経済共同体(EEC)設立で始まり,1980年代にはEECが欧州共同体(EU)に進捗し,経済の領域のみならず治安・安全保障の分野,社会生活の分野にまで広くかつ深く統合が進められてきた。その結果,イギリス人が南仏に移住し,フランス人の医師や弁護士がドイツで開業するといったことが日常化した。ドイツではトルコや東欧からの大規模な労働者の受け入れが行われ,いまやそれら労働者の第三,第四世代も育っている。近年は各EU加盟国における中東,アフリカ諸国からの難民の受け入れも増加している。EU加盟諸国における,このような広範な領域における「社会統合」の結果,加盟国において「ブリュッセルに対する満腹感」が生じてきた。「ブリュッセル」というのは同地にある欧州委員会のことであるが,「満腹感」というのはブリュッセルの官僚機構が押し出してくる「干渉」の度合いが強まり,加盟国の「伝統や国柄」が希薄化して行くことへの反発心ないし反対の感情である。このような傾向に対する反発心が極限にまで達した例がイギリスのEU離脱ということになろう。

 ここで考えてみたいのは,「市民社会の反乱」,換言すれば「伝統や国柄」が希薄化することへの反発や反抗は,どうすれば抑えることができるのかということである。

 そもそも振り返ってみれば,EECを発足することができたのは,例えばフランスの農産物を輸入するオランダにおいて,同農産物の安全性と品質に対するゆるぎない信頼がオランダ国民の間にあったからだというオランダ人の述懐を耳にしたことがある。それまでの長年に亘る仏蘭間の関係の中で,両国の市民間に一定の信頼感が醸成されていたればこそのEECレベルにおける農産物取引の発足であったということである。そして,この信頼感はより根底的に言うなら,カトリックとプロテスタントの違いはあれ,二千年に及ぶキリスト教の教えのもとで法の支配と人権の尊重という価値観を共有しえたこと,換言すれば「歴史的に形成された市民社会」が成立していたことに基づくものであったともいえよう。

 こうしてEUの示すところが,グローバル経済の基礎には「歴史的に形成されてきた市民社会」が必要であるという事であるとすれば,その限界もまた明らかであろう。すなわち,EUが経済の領域を超えた社会統合を目指すようになり,国境を越えた経済活動の活発化や労働力の移動が,各加盟国において信頼感の共有を核心とする市民社会の許容限度を超えたと感じられた場合に,「市民社会の反乱」がおきるのである。いまEUで起きているのは,「市民社会の反乱」が「政局の不安」のレベルにまで至っているという事であろう。このように考えれば,「市民社会の反乱」,換言すれば「伝統や国柄が希薄化することへの反発や反抗」を抑制する道は,各EU加盟国における「伝統や国柄」を取り戻す方策をとるということになろう。それはEUを経済統合中心のものに引き戻し,社会統合の速度をより緩やかなものに変えることである。具体的には「市民社会」の価値観を復興させることが第一となろう。例えば,生命や健康に係る市民の権利を守るために輸入農産物の流入を抑制し,地産地消のルールを厳格化するなどの措置が必要となろう。地方政府における小規模零細の生産者や流通業者の事業構造改善資金の供給を増やすことも一定の効果があろう。小規模零細な事業規模であっても効率性が高く,大企業と競争しうるという競争環境を政策的に作ることも必要であろうし,そして,何よりも「消費者利益」を「低価格」に還元してしまうような近代経済学の通念を変えて,消費者利益は「信頼感の共有を核心とする市民社会」の中でこそ図られるといった価値観の転換も必要となろう。

 こう考えれば,そもそも資本主義というものの概念自体を見直すことが必要だということになろう。資本主義の原初的形態が資本投下により生活必需品を生産し,利潤を獲得するという経済的営みであるとすると,「資本主義」というものは本来「非市民社会的」なもの,すなわち市民社会との摩擦を内包するものである。そこでは価格さえ安ければ量目や品質をごまかしてでも利益を獲得するという「利潤衝動」が,伝統や国柄を無視する形で主導的な役割を果たしているものであるといえようからである。

 資本主義についての最も高度な理論化はドイツにおける「社会的市場経済」論ということになろうが,そこでも自覚的に「市民社会における個々の市民の消費者基本権」という観点から理論的整理はされてはいない。

 こうして,人間観を同じくする市民社会的共感を基礎とするEUのルールですら今日市民社会との軋轢のもとにあるとすれば,このような市民社会的共感の一層希薄なグローバル化経済の法的ルールであるWTO・GATTはどのようにして今後維持することができるのであるかが,今問われているということになろう。国際的な経済社会における「市民意識」の形成を可能とするWTO・GATT,それを基盤とした「上乗せルール」であるFTA,EPA,TPPなどの経済活動のルールの在り方が問われているのである。

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