世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
米作りに挑戦:「自作自消」は可能か
(明治大学 名誉教授)
2024.10.28
日本の農業について筆者は,中小零細規模農家による生産・製造・販売のネットワークを数多く地域ごとに構築し(六次産業化),それらを核とする「農村共同体」の維持・発展をはかることが農業の未来を切り開くものと考えている。
そこでまず,中小零細規模農家による農産物の生産について「自作自消」は可能かという問いを立てて,米作りに挑戦してみることとした。近時高齢化などもあり,おおくの農家が米作りを営農組合に委託し,自分で食べる米も組合から買っている。そのような中での小さな,小さな挑戦である。
「挑戦」の全体の構図を最初に示しておこう。まず今回の稲作は,東京から新幹線で3時間ほどの所にある1反歩(300坪)の田を家族総出で耕すというものである。現地には別荘のようにして使っている古い家屋があり,お盆の時期を中心に家族が行き来をしている。
作業日程は,春に苗を植え,その後除草,防虫などの作業をおこなって,秋には刈り取り,脱穀・籾摺・精米をおこなうというものである。予想収量は,1俵を60キロとして6俵(360kg)である。
以下ではおこなった作業を具体的に記してみる。まず稲作についての情報収集と作業環境の整備である。農協や市の農政課の農業指導員から,農業機械の入手方法,苗の入手,水の手配と管理,防虫・防草などの手順を教えてもらった。みなさん非常に熱心にこの「新規参入者」に教えてくださった。
つぎに,土地改良区と話して,4月から9月までパイプ・ラインを通じて水が田に給水されることを確認した。給水栓を開閉すれば田干し作業を含めて水をコントロールできる。水代は年間5千円ほどである。
つぎに地域の育苗センターに特別栽培米「ひとめぼれ」を1反歩分注文した。価格は2万円弱である。これは田植えの日に田に配達してもらうこととした。
つぎに肥料と農薬の手配である。肥料は1万円,農薬は3回散布で合計1万円である。肥料は「一発肥料」というもので田植えの前に蒔いて追肥は不要である。農薬は,田植え直後と1ヵ月後にそれぞれ給水栓からボトル1本分を水に流すものであり,もう一回は7月に顆粒となっている農薬を手でまくものである。
つぎに農業機械の手当である。田植機,刈り取り機(バインダー),唐箕(とうみ),籾摺り機などが必要である。これらは近所の中古農機具屋でそれぞれ数万円で購入した。稲から籾をはがす脱穀機は足踏み式の古い機械が家に残っていたのでそれを使うことにした。
問題は田起こし・代掻きに必須のトラクターである。これは中古品を2,3見たが今後予想される修理代などを考えると,新品を買った方が得であることがわかった。新品で修理なしに10年は使ったほうが得である。それで15馬力トラクターを100万円チョットで買った。これはいってみれば大きな耕運機で,乗用である点が違うだけである。
以上の準備作業をへて,田植えから刈り取りまでの作業をつぎのようにおこなった。
第1は田植え作業である。田起こし,代掻き,田植えにはそれぞれ間を空ける必要が本来あるが,「新幹線農業」ゆえ,2024年5月の第3週末に家族総出で現地に行き,まとめておこなうことにした。5月18日(土曜日)に田起こし,施肥,代掻きを半日かけて一度におこなった。翌19日(日曜日)には田植えをおこなった。この日の朝9時に育苗箱18箱の苗が田に配達されたので,田植え機に積んで植えた。作業時間は1時間であった。
第2は農薬散布,水管理である。田植えの日に第1回目のボトル一本分の農薬を給水栓のところで田に流し込んだ。第2回目は6月下旬に現地に出向き,同様に田にボトル一本分の農薬を流し込んだ。第3回目は,「田干し」作業と併せて,現地に出向いてカメムシ対策用の顆粒の農薬を手で散布した。「田干し」は,田への給水を止め,地割れができるまで二週間程度田を干すことである。地割れから稲の生育に有害な青酸ガスが抜ける。
これで農作業は終わりである。この間に,人力による防草作業はまったく不要であった。お盆の頃,一斉に稲に白い小さな花が咲き,その後実ができて熟してゆく。稲は不思議な植物で,1株で植えた苗が20株に「分結」し,それぞれに実がなる。
第3は収穫である。田植えから4ヶ月たった秋の田の稲は黄色く色づき,頭を垂れてくる。稲刈りは9月第3週の週末の連休に家族総出で行った。まずバインダーで刈る。これは稲の束に紐を掛けてくれる機械である。作業時間は1時間。
刈り取った3分の2の稲束は田にパイプでやぐらを組んで,そこに掛けた。天日干しである。残りは現地にある家に持ち帰り,足ふみ脱穀機で稲の茎と籾(もみ)を分離させ,唐箕(とうみ)にかけた。きれいな籾となったものを籾摺り機に入れて玄米にした。これは数時間を要した。
こんかい収穫したひとめぼれは最終的に籾(もみ)で400kg(7俵弱)であった。ここから玄米にすると二割減,精米するとさらに一割減となる。
以上が今回の米作りの顛末である。家族で話してみて,得た感想は以下のようなものであった。
第1は,「新幹線農業」でも稲は作れるというものである。実労働時間は,「田起こし・施肥・代掻き」に2,3時間,「田植え」に1時間,「農薬散布」に3回合計で1時間,「刈り取り」に1時間,「(足ふみ機による)脱穀」に3,4時間,「籾摺り」に1時間といったところであり,合計しても1日分程度の労働である。
新幹線に乗っている時間をどう考えるかという問題はあるが,農作業自体は1970年代にトラクターなどの農業機械が導入されたことで劇的に変わったのだということは実感できた。
第2はコストであるが,トラクターを別とすれば,中古(20年程度使用)の農業機械をそれぞれ数万円で購入できたので参入のハードルは高くはないと思った。近時は離農する人も多く,中古機の出物は豊富である。
こんかいの稲作では,足ふみ脱穀機での脱穀,唐箕(とうみ)かけ,籾摺り機での玄米づくりという作業工程が思わぬ時間と労力を要するものであることがわかった。
この点,脱穀の機械化(ハーベスター導入),刈り取り・脱穀・稲藁裁断の一体化(コンバインの導入)には高額の農業機械の導入が必要とおもって検討しなかった。しかし,中古機の実際の価格をみると,コンバインは25万円程度,ハーベスターは10万円程度であることがわかり,この部分の機械化はそう難しくはないことがわかった。
本稿の結論であるが,中小零細規模新規参入農業者による農産物の「自作自消」は可能であるように思う。今回は米であるが,販売を目的としない一家族が食べるくらいの米は,要する労働時間と掛かる費用(交通費分は留保)からみて出来そうだという感触は得られた。また,収穫した米は充分においしく,現地の米作農家に食べてもらったところ,つやと粘りは充分で,粒の大きさには改善の余地ありとの評価であった。来年は米のほか,つぎの一歩として麦,大豆,果樹などを多品種少量生産することで一層の「自作自消」に取り組んでみたいと思う。
- 筆 者 :高橋岩和
- 地 域 :日本
- 分 野 :国際経済
- 分 野 :国内
- 分 野 :資源・エネルギー・環境
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