世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
経済回廊に本格参入するミャンマー:現地出張から
(青山学院大学経済学部 教授)
2018.12.24
過去10年ほど,大メコン圏(Greater Mekong Subregion, GMS)では幹線道路とその沿線での架橋など陸路インフラの整備が進み,いわゆる「経済回廊」のネットワークが線から面へと進化している。2018年3月,ハノイで開催されたGMSサミットにおいて提案された見直し(Review of Configuration of the GMS Economic Corridors)では,南北,東西,南部の3系統に改めて再整理されたうえで,それぞれのサブ回廊が増え,ネットワークが複雑化している。ミャンマーについては東西回廊の西端がヤンゴンまで(将来はエヤワディ管区のパテインまで)延伸し,ヤンゴン〜マンダレーおよびマンダレー〜インド国境タムーの区間が南北回廊のサブ回廊に組み込まれた。筆者は今年8月,3週間かけてこのミャンマー区間を走破した。今回はその中で最もインパクトが強かったインド国境方面への視察から報告する。
マンダレーからインド国境のタムーまでは,途中でモンユワ(マンダレーから約160km)とカレーミョ(モンユワから約240km)を経由する。マンダレーからモンユワまでの幹線道路は,路面はあまりスムーズではないが,全行程舗装されており,郊外に出れば交通量が多くないので,60〜70km/hで飛ばせる。乗用車よりも路線バスと大型トラックの往来多かった。モンユワ市街地まで約3時間で到達し,目立ったボトルネックは見当たらなかった。
一方,対照的に,モンユワからカレーミョまでは小さな山脈を2つ越える難路だった。かなり古い日産の中古4WDでモンユワ市街から出発し,チンドウィン川に架かる大橋を西方向へ渡り,カレーミョ方向への分岐点を右折して北上する。中央線と路肩のないやや狭い道路だが,交通量はあまりない。左右は農家がぽつぽつと見えるだけで,商業施設はほとんど見かけない。沿道には人間よりも牛や馬の姿のほうが多い。
モンユワを出発して約1時半後,道路はスカイラインの眺めのいい尾根道から,景色を楽しむ余裕がない険しい山道に変わる。しかも,路面の痛みが激しい箇所が増える。その約1時間後,さらに舗装が穴だらけ,もしくは剥がれた悪路に突入する。大型車両とはほとんどすれ違わなかった。揺れに弱い貨物の物流にはまず使えないと思う。
モンユワから約90kmの地点で視界が開け,盆地地形に入る。そこで車は本線からそれて突然右折し,バイクがやっと通れる1mほどの幅のコンクリート舗装のトラックが2本並行している,見たことのない「ダブルトラック道路」(と命名しておく)に入った。舗装コスト節約のための簡易道路なのだろう。二輪車は問題ないが,四輪車はコンクリートを踏み外したら座礁する可能性が大きい。筆者の運転手は慣れているようで,曲芸のようなハンドルさばきで,渓谷を縫うこの「ダブルトラック道路」を平均30km/hほどで走った。1時間半ほどでようやくこの「ダブルトラック道路」を抜け,ミンギン(Mingin)という村を通過し,それからしばらくは未舗装の赤土(ラテライト)道路だが,カーブが少ないので比較的スピードが出た。ところがそうした行程は約20分しか続かず,再び険しい山道に入り,凹凸が激しい路面に変わる。道路そのものを切り開いて工事中の区間もあり,両側が切れ込んだ崖となっている雨で極端にぬかるんだ箇所を抜けるときは緊張した。
その約1時間後,ようやく急峻な上り下りを終え,南北に伸びる渓谷沿いの本線に合流し北上する。しかし,この本線も穴が多く,舗装が完全に剥がれて赤土のぬかるんだ箇所に頻繁に直面した。さらに約1時間後,チンドウィン川の支流のミッター(Myitthar)川に架かるかなり大きい橋を北方向へ渡り,シュウェボー方面から北西へ伸びる幹線道路に合流する。その合流地点からカレーミョまでの40km足らずは,路面の痛みは激しいが,それまでの難路と比べればスピードを出せた。
結局,モンユワからカレーミョまでノンストップで約7時間かかった。平均時速は34km/hと,今回出張の全陸路行程のなかでは最低だった。運転手に現地通訳を介して確認した限りでは,今回筆者が辿ったルートが現状ではマンダレーとカレーミョを陸路で結ぶ最短コースのようだ。物流調査目的以外でのこの方面への視察は,今のところ空路を勧める。
さて,カレーミョからタムー国境までのルートの大半は,2001年にインド政府の資金で建設された「インド・ミャンマー友好道路」を走る。舗装状況は比較的良好だが,この区間の問題は,アラカン山脈を源流として東へ流れ出る無数の小川が非常に頻繁に横切っていてそのたびに片側通行の簡易橋を渡るためにスピードを5km/h程度に落とす必要があることだ。大型トラックや路線バスとも何度かすれ違ったが,これらの大型車はいくつかの小さい簡易橋では重量制限オーバーの疑いが強い。どこか1カ所でも座礁事故が起こると交通は遮断状態となるだろう。この無数と思える簡易橋と,ときどき立ちふさがる牛の群れに邪魔される以外は,50〜60km/hで走行できた。
タムーの町は予想を裏切る小ささで,人口は1万人を切るようだ。信号は国境方面とメインストリートの分岐点に1つだけしかなく,メインストリートはせいぜい300mと小さい。タムー中心地から幹線道路を3kmほど北へ走るとその先に車両専用ゲートがある。インド側(マニプール州)の治安が悪いとされているせいか,運転手がゲートに近づきたがらず,150mほど手前から観察するのにとどめた。短い国境橋の向こうに「Welcome to India, Obey traffic rules」と書いたサインが見えた。中立地帯はほとんどないようだ。越境貨物トラックの往来はまばらだった。
貨物専用の国境ゲートから約500m手前を北東方向へ右折して約2km走った突き当りを左折すると,その先が歩行者専用の国境ゲートになっている。ゲート手前の150〜200mの左右がNanphalonという名前の国境マーケットになっている。マーケットはそれほど大きくないが,人口の少ないラオスやカンボジアの山岳国境などと比べれば,人の往来は多い。売られている商品は,衣料品以外は,電気・電子製品(見た目は低中級品),玩具など,圧倒的に中国からの輸入品が多い。中国産リンゴも大量に売られている。インド人が中国の商品をミャンマー国境に買い物に来ているという構図だ。ムセからマンダレーを経由して運ばれたもの,海路でヤンゴンに着いてここまで運ばれたものもあるだろうが,雲南省からカチン州の山岳地帯の道なき道を運んでカレーミョに着き,そしてタムーへ運ばれている商品もあるだろう。国境ゲートの出入国管理施設(簡素な小屋といった規模)の写真を撮ろうとすると運転手に「やめておけ」というジェスチャーで制止された。インド側での少数民族紛争をミャンマー側では過敏に意識しているようで,外国人が国境施設でいろいろ詮索するのを嫌っているようだった。
以上,筆者の最新出張の行程から個人的に最もインパクトがあった区間について報告したが,出張全行程についての詳細報告は国際貿易投資研究所(ITI)「フラッシュ」No. 385〜410を参照されたい。
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