世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1229

イエローベスト問題にみるヨーロッパ経済の問題点

川野祐司

(東洋大学経済学部 教授)

2018.12.24

わずか3セントが暴動に

 イエローベスト運動は2018年11月末にはパリ・シャンゼリゼ通りに達し,暴動の様子は世界中に放映された。地元商店街では破壊活動や略奪の被害が発生し,パリのホテルのキャンセルが相次いだ。事の発端は,マクロン政権が環境対策として2019年より燃料税を値上げすることだったが,値上げ幅はガソリン1リットル当たり2.9セント,ディーゼル燃料は6.5セントと,ほんのわずかな増税幅に過ぎない。2018年にもすでにガソリンで3.8セント,ディーゼルで7.6セント値上げしているため,合計ではガソリンで7セントほどの増税になるが,それでも大幅増税とはいえない。マクロン政権は燃料税の引き上げを撤回したものの運動は収まっておらず,富裕税廃止など他の政策への反対運動にまで拡大している。加えて,公務員のストやデモも発生している。

デモはフランスだけか?

 フランスではデモが暴動に発展するのは珍しくない。以前,労働法改正に関するデモを取り上げた(「労働法改正問題にみるフランス経済の問題点」No.640)。フランスでは暴動に対する世論の批判が少なく,暴動を取り締まる側の警察も独自にデモを行っている。ストに対しても世論の批判は少なく,フランスでは政府に対する「実力行使」は当たり前の戦略になっている。

 フランスではデモや暴動の形で人々の不満が爆発しているが,ヨーロッパ全体で人々の不満が高まっており,2019年5月の欧州議会選挙では反EU政党が躍進すると見られている。現政権やEUに対する不満は,特定の政策に対するものではなく,EUの経済政策に対するものでもない。日本でもそうだが,市民の多くは経済政策の正確な内容をほとんど知らないといってもいい。日々の生活を送る中で鬱屈した感情が溜まり続けており,燃料税や富裕税,EUといった分かりやすいキーワードに対して不満が爆発したのがイエローベスト問題だといえる。

負け組になりつつある自国民

 ヨーロッパ,特にユーロ地域19カ国の経済は2013年以降GDPが上向いており,失業率も低下しつつある。マクロ経済指標を見るとユーロ地域経済は好調であるように見えるが,詳しく見ると異なる姿が見えてくる。

 まず,GDPの回復は,オイルショックや欧州通貨危機など20世紀の不況期からの回復に比べてペースが鈍い。過去の不況期ではGDPが直近ピークに回復するまでに1−2年を要していたが,リーマンショックからの回復期では7年以上を要している。7年は人々の忍耐をはるかに超える期間だといえる。

 それでも2013年以降に失業率は低下しつつあり,就業者数は増加しているものの,もう少し詳しく見ると異なる姿が見えてくる。2010年代は,年齢層別にみると45歳以上の就業者が増加している一方で,44歳以下の就業数は純減に転じている。背景には少子高齢化があるものの,若い世代では人口減を上回るペースで雇用が減少している。男女別に見ると,男性の雇用が減少して女性の雇用が増加している。雇用が最も増加しているのは55歳以上の女性であり,多くはパートタイマーとして公的部門などで働いている。

 また,高スキル労働者の賃金は上昇しているが,中スキルの賃金は横ばい,低スキルの賃金は低下している。機械化や自動化が進むにつれて中スキルの仕事が減少しつつあり,彼らは能力を高めて高スキルに移るケースは少なく,賃金が機械化のコストを下回る低スキルの仕事に移りやすい。さらに,企業はフルタイムを減らしつつあり,その代わりにパートタイムを増やしている。直近ではフルタイムも増えつつあるが十分ではなく,多くの人々は低スキルのパートタイム労働を強いられている。

 2000年代まではこのような苦しい経済状況に立たされるのは立場の弱い移民だと考えられていたが,2010年代にはいわゆる白人の自国民の状況が苦しくなってきている。このような状況は多かれ少なかれ先進国全体に広がりつつあるといえる。

成長率は万能薬ではない

 本稿では議論してこなかったが,近年,ICTや人工知能が経済活動に大きくかかわるようになっており,企業収益の源泉は人間から技術に移りつつある。遠い将来には人々は技術の恩恵を受けるものの,過渡期である現在はGDP成長が人々の生活状況を必ずしも向上させるわけではないことを認識しなければならない。筆者は安易な再分配政策には批判的であるが,苦しい状況に置かれている人々が自らの力で経済的に安定できるような制度設計が求められる。技術の進歩に合わせた教育・生涯教育は即効性はないものの,1つの処方箋といえるだろう。

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