世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1164

WTOとトランプ米政権の壊れた関係,修復可能か?

馬田啓一

(杏林大学 名誉教授)

2018.09.24

 世界貿易機関(WTO)の首を締め上げるトランプ米政権は,本気で息の根を止めるつもりか。それとも,ディール(取引)に引きずり込み米国の言い成りにさせるためのトランプ流の脅しか。米国が仕掛ける貿易戦争への懸念が高まる中,WTOとトランプ政権の壊れた関係が修復されなければ,WTOは危機的な状況に陥る。

WTOを軽視するトランプ政権

 トランプ米政権が次々と打ち出す貿易制限措置に対して,打つ手を欠いたWTOの存在意義が問われる事態となっている。米国はWTOのルールを恣意的に拡大解釈し,今年3月,米通商拡大法232条にもとづき安全保障を口実に,鉄鋼とアルミの輸入に対して追加関税を課し,さらに,7月からは段階的に米通商法301条にもとづき知的財産権侵害への対中制裁措置として追加関税を発動し,米中の報復合戦がエスカレートしている。

 トランプ政権は,巨額の貿易赤字を縮小させるためにはWTOルールに違反しそうな灰色措置も辞さない覚悟だ。WTO軽視といっても過言でない。米国にとって不利となるようなWTOの判断には従わない方針もすでに明らかにしている。

 そうした中,今年7月,トランプ大統領が「WTOが米国を不当に扱えば,米国は何らかの行動を起こす」と言った。WTO離脱も辞さない強い姿勢を見せることでWTOを牽制し,貿易交渉を有利に運ぼうとする,ディール好きのトランプ氏の思惑が透けて見える。

WTOの機能は麻痺寸前

 トランプ政権は今年8月下旬,9月末に任期切れとなるWTO上級委員の再任を認めないと表明した。WTOの紛争解決の最終審にあたる上級委員会で米国が不利な扱いを受けているとの理由からだ。

 上級委員の定数は7人で,1つの案件に対して3人が担当する。現在3人が欠員となっているので,再任されなければ残りの委員は3人(インド,米国,中国),自国が関わる紛争を担当できないため,紛争解決の機能不全が現実味を帯びてきた。

 WTOに提訴すると紛争処理小委員会(パネル)が設置されるが,パネルの報告に不服なら上級委員会に上訴できる。だが,機能不全に陥れば紛争案件は宙に浮いてしまう。

 米国に追加関税を課せられた国々が次々とWTOに提訴しているが,WTOの紛争解決が機能しなければ,いくら訴えられてもトランプ政権は痛くも痒くもない。穿った見方をすれば,WTOの機能不全がトランプ政権の狙いではないのか。

 一方,WTOは新たなルールづくりでも機能不全となっている。昨年12月にブエノスアイレスで開かれたWTO閣僚会合では各国の足並みが揃わず,閣僚宣言を採択できなかった。米国が閣僚会合の議論の足を引っ張ったとされる。歩み寄りの姿勢を全く示さず,WTO批判に終始した。

 トランプ政権は,中国に不公正貿易慣行を是正させるためには,現行のWTOルールでは不十分であり,米通商法301条に基づく関税の引き上げといった米国による制裁措置の発動しかないと考えている。

 閣僚会合で,米国がWTOの機能不全とWTO改革の必要性を訴えたのは,その後に打ち出された米国の対中制裁も止むなしとの大義名分を得るための布石だったとも考えられる。

WTO改革に活路を見出せ

 このようにWTOはルール策定のほか,監視と紛争処理の面でも機能不全の危機に陥っている。アゼべドWTO事務局長は,WTO改革が不可避だとして,ついに米国との対話に動き出した。

 WTO改革については,新分野のルールづくり,意思決定方式の見直し,紛争解決の機能強化,事務局権限の拡大など様々な提案が出ている。

 デジタル・エコノミーの進展に伴い,デジタル保護主義の動きが見られる。国境を越えたデータの流通自由化などのルールづくりは急務だ。また,WTOルールを無視した米国の一方的な対中制裁関税には問題があるとしても,中国の国有企業や補助金政策などに対応するルールづくりは改革案の一つとして検討すべきだ。

 しかし,ドーハ・ラウンドの停滞が示すように,「全会一致の原則」がWTOでの合意を困難にしている。意思決定方式の見直しを求める声も多く,すでに個別のテーマごとに一部の有志国でルールづくり(プルリ合意)を目指す動きも出始めている。

 報復関税の応酬に歯止めをかけ,揺らぐ自由貿易体制を再構築できるのか。そのカギは「自由貿易の砦」であるWTOの再生にかかっており,そのためにもWTO改革の機運を盛り上げることが必要だ。

米国をWTOから離反させるな

 164加盟国・地域が参加し,多国間主義にもとづく自由貿易体制を支えるWTOの存在意義は大きい。その認識を共有し,WTOを改革し再生させることが必要だ。

 WTOのルールよりも国内法を重視するトランプ政権の姿勢は,そう簡単には変わらないだろう。それでも日本はEUと連携して,米国がWTOから離反しないよう粘り強く働きかけるべきだ。

 新分野のルールづくりは,米国にとっても重要な課題だ。ライトハイザーUSTR代表はWTO改革に積極的とされ,日本やEUとも改革の必要性で一致している。昨年12月の日米欧閣僚会合では,中国の不当な補助金などに連携して対処するという共同声明を出した。また,今年3月からはWTOの有志国会合においてデジタル貿易のルールづくりに向けた議論が始まった。そこには米国も参加している。

 一筋縄ではいかぬトランプ政権をWTOにつなぎ留めるために,WTOの改革と再生に米国も巻き込んでいくのが日本に求められた役割だろう。

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