世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
ASEANの域内格差とベトナムの躍進
(亜細亜大学 教授)
2018.08.06
ASEANの大きな課題は域内格差の是正である。1995年以降に加盟したベトナム,ラオス,ミャンマー,カンボジアという新規加盟国(CLMVと呼ばれる)と原加盟5カ国にブルネイを加えたASEAN6との経済格差が極めて大きいためだ。2015年に創設されたASEAN経済共同体(AEC2015)では,域内格差の是正を目指す「公平な経済発展」が4つの目標の一つとなっていたし,現在実施中のAEC2025でも5つの目標の4番目に「強靭で包摂的,人間本位,人間中心のASEAN」が掲げられ,開発格差を縮小させることを目指している。
ASEANが域内格差の是正に取り組み始めたのは2000年であり,そのためのプログラムがASEAN統合イニシアチブ(IAI)だ。その狙いはCLMVを経済統合に参加させることであった。具体的にはIAI作業計画Ⅰが2002年から2008年まで実施され,作業計画Ⅱが2009年から2015年まで実施された。2016年から作業計画Ⅲが実施されており,期間は2020年までとなっている(注1)。
ASEANの域内格差は緩やかなペースだが着実に縮小している。一人当たりGDPをみると,2000年にはASEAN6が1,970ドルに対しCLMVは298ドルで6.6倍の差があったが,2016年にはASEAN6の4,788ドルに対しCLMVは1,792ドルで2.7倍に縮小した。しかし,経済社会指標でみた格差は依然として大きく,格差是正は現在もASEANの重要な課題となっている。
このようにASEANはASEAN6とCLMVに分け,経済格差とその是正が論じられてきた。しかし,近年はベトナムの発展が著しく,ベトナムとCLMの間に歴然とした差が生じるとともに,ベトナムが様々な経済社会指標でみるとインドネシアとフィリピンに接近し,あるいは追い越しつつある。たとえば,ベトナムがASEANに加盟した1995年のベトナムとフィリピンの一人当たりGDPは4.2倍の格差があったが2016年には1.3倍に縮小した(注2)。
ベトナムの成長が著しいのは貿易である。2000年のベトナムの輸出額はマレーシアの14.7%,インドネシアの23.3%,フィリピンの38.0%だったが,2016年にはインドネシア(1,444億ドル),フィリピン(563億ドル)を凌駕しマレーシア(1,894億ドル)に肉薄する1,766億ドルに拡大している。CLMでは最大のミャンマーが112億ドルであり,ベトナムがCLMVでは突出した規模である。大木(2018)によると,ベトナムはASEAN域外輸出では実質トップでありASEANの新輸出大国となっている(注3)。
外国直接投資受入れでもベトナムは急増している。2000年のベトナムの外国直接投資受入額(ネット)は12億9800万ドルだったが,2015年には118億ドルと9倍増となり,タイ,マレーシアよりも大きい。
社会経済指標の改善も顕著である。生計費が一日3.1ドル(2011年購買力平価表示)以下の人口比率を示す貧困率は2002年の69.3%から2014年には12.0%に急減した。インドネシアは36.4%,フィリピンは37.6%(2012年)であり,ベトナムより高い。貧困人口はインドネシアが約9000万人,フィリピンが3800万人に対し,ベトナムは1100万人である。ちなみにカンボジアは340万人,ラオスは335万人であり,貧困解消はASEAN6でも大きな課題である。
保健に関する代表的指標である平均余命では,ベトナム(75.6歳)はタイ(74.4歳),マレーシア(74.7歳)よりも長い。ちなみにインドネシアとフィリピンは60歳代であり,CLMとほぼ同レベルである。5歳以下小児死亡率(2015年)でもベトナム(1000人当たり22人)はインドネシアとフィリピンよりも小さい。こうした背景には医療環境の改善があるが,1000人当たり医師数(2015年)ではベトナム(1.19人)は,インドネシア,フィリピン,タイを上回り,マレーシアとほぼ同レベルである。病床数(2010年)でもベトナムは2.00で,インドネシア,フィリピンのほぼ2倍となっており,シンガポールとほぼ同水準である。
教育面では,ベトナムの成人識字率(15歳以上,2015年)は94.5%で,ASEAN6と同水準である。カンボジアとラオスは70%台だが,ミャンマーは93.1%と高く,ベトナムとミャンマーは人材の面で可能性が大きいことを示している。産業や国民生活に係る重要なインフラである電気へのアクセス可能人口比率(2012年)では,ベトナムは99.0%とシンガポール,マレーシア,タイの100%に次いでおりインドネシア,フィリピンよりも高い。カンボジアは31.1%,ラオスは70.0%,ミャンマーは52.4%と電気供給が課題となっている。
このようにベトナムは多くの経済社会指標で著しい改善を見せている。べトナムは輸出だけでなく,直接投資やその他の経済社会指標でASEAN6と比べても遜色がなくなっており,インドネシアやフィリピンを上回る指標も少なくない。ASEANの域内格差縮小はASEAN6とCLMVという枠組みで考える時代ではなくなってきている。
ベトナム経済は名目GDPではASEANで第6位であり,農業就労人口比率は44%と高い。GDPに占める農業の比率は18.9%であり,農業の生産性の低さと農村部の貧困は課題である。ほかにもベトナムの課題は多い(注4)。しかし,トラン・ヴァン・トゥ教授はベトナム経済は今後8−9%以上の高度成長期を迎える可能性が高いと指摘している(注5)。ベトナムはASEANの新たな経済大国としてASEANの経済発展と経済統合・域内協力をリードしていくことが期待される(注6)。
[注]
- (1)ASEAN統合イニシアチブ(IAI)の内容,実績,評価については,石川幸一(2018)「ASEANの格差縮小への取り組みと格差の現状」,亜細亜大学アジア研究所『経済共同体創設後のASEANの課題』(アジア研究所アジア研究シリーズ,No.95)を参照。
- (2)データは,主にADB(2018)‘Key Indicators for Asia and the Pacific 2017’による。
- (3)大木博巳(2018)「ASEANの新輸出大国,ベトナム」,国際貿易投資研究所『ASEANの新輸出大国,ベトナムの躍進 課題と展望』,1−2頁。
- (4)トラン・ヴァン・トゥ教授は,中所得の罠の回避と外資系部門と国内企業部門の2重構造の是正をしている。トラン・ヴァン・トゥ(2018)「ベトナム経済を考える:現段階の課題と展望」,国際貿易投資研究所前掲書,136−144頁。
- (5)トラン・ヴァン・トゥ(2018)前掲論文,136頁。
- (6)たとえば,ベトナムは対外FTAに積極的であり,TPP11への参加を初め,ASEANをリードしている。
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