世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1110

ギリシャ財政の中期的な持続可能性:議会選挙を契機に構造改革が逆行する惧れ

金子寿太郎

((公益財団法人)国際金融情報センター ブラッセル事務所長)

2018.07.09

 18年6月のユーロ圏財務相会合で,ギリシャに対する金融支援プログラムを同8月に終了することが合意された。17年7月にギリシャが国債市場への復帰を果たし,自力での資金調達がある程度できる状態になっていたこともあり,プログラムからの「卒業」は予想どおりであった。ギリシャはこれまでの支援金を完済するまで欧州安定メカニズム(ESM)などの監視下におかれるものの,第一次支援から第三次支援まで8年間にわたる総額2,740億ユーロもの同国向け危機対応に終息の目途が付いた。市場では,当面の流動性資金が確保されることも踏まえ,ギリシャに端を発する欧州債務危機が遂に完結した,と安堵する向きも多い。

 しかしながら,足許のギリシャ経済はいかにも心もとない。財政収支こそ年金支給額の引下げといった大幅な歳出削減により僅かな黒字を維持しているとはいえ,名目GDPが危機前と比べ20%も縮小している中,債務残高の名目GDP比率は180%程度で推移している。失業率や不良債権比率も,それぞれ2割,5割という極めて高い水準にとどまっている。

 ギリシャは,支援を受ける代償として,抜本的な構造改革を断行するようEU債権者団から要求されており,500件近い多様なプロジェクトを進めてきた。これらは,緊縮政策による財政の健全化とともに,不良債権の削減ならびに労働市場の流動性および公的セクターの効率性の向上を通じた金融システムの安定化・競争力の強化・国家の近代化を狙ったものである。もっとも,改革が目に見える効果を発揮するには,まだ数年の時間を要するであろう。今の段階では,経済停滞,雇用不安等の弊害の方が目立っている。欧州会計検査院は,欧州委員会の改革要求は拙速であった,という趣旨の所見を示している。

 EU債権者団は,ギリシャ債務の返済期限を一部繰り延べることに合意した一方,巨額の残存債務の減免(元本カット)は否定している。ギリシャの債務返済は30年代前半から本格化する。ECBの金融政策が正常化していれば,その頃の市場調達環境は現在より厳しくなっているだろう。トルコやマケドニアとの関係悪化といった地政学上のリスクも残っている蓋然性が高い。加えて,18年6月末のEUサミットで経済通貨同盟の完成に向けた政治合意が見送られた結果,ユーロ圏の制度的脆弱性が解消していないとも限らない。

 ギリシャ財政の持続可能性について,EU側は,ギリシャの改革は順調に進捗しているため,財政黒字を長期にわたって維持することは可能であり,債務残高もやがて管理可能な水準にまで減っていくと予測している。これに対し,IMFは,更なる緊縮の必要性を否定した上で,EU債権者による思い切った債務減免がなければ,ギリシャは経済成長が阻害され,財政の持続可能性を回復できない(つまり,いずれ財政破綻する)と警鐘を鳴らしてきた。

 ドイツ,オランダなどの北部加盟国では,昨年の国政選挙により極右政党が大きく議席数を増やしており,放漫財政を続けてきた南部加盟国への金融支援に対する反感が強まっている。ギリシャ側でも,長年の改革疲れから国民の間に支援を卒業したいという欲求が高まっていた。債権者・債務者双方の政治的思惑が一致した結果,支援が打ち切られることになったとみることもできよう。

 問題は,ギリシャが本当に長期にわたって独り立ちできる状態にあるのか否かである。欧州統計局によれば,「物理的に困窮している人の割合」は,EU平均が8%程度に低下しているのに対し,ギリシャでは20%を超えている。こうした状況の下,最大与党の急進左派連合(SYRIZA)は支持率で野党・新民主主義党(ND)に10%以上水をあけられている。それでも,金融支援卒業等を受けて,19年9月に予定されている総選挙が前倒しで実施される可能性は高まっている。

 NDのミツォタキス党首は企業や低所得者に対する減税を訴えており,SYRIZAのツィプラス首相も,劣勢を挽回するべく,財政拡張路線への回帰をほのめかしている。国内では,支援プログラムからの卒業により,構造改革や債務返済からも卒業するかのような論調すら聞かれる。中・長期的な経済政策のあり方について,国民レベルで真摯な議論がなされているとは言い難い。EU懐疑派政党の台頭や連立政権への参画も懸念される。債権者団は,各種改革の履行を担保するべく,ギリシャへの監視を過去の卒業国より頻繁に行うとしているものの,真水の注入を止めることに伴う実質的な影響力の低下は免れないであろう。

 仮にギリシャが以前の状態に戻り債務危機や金融システム不安が再燃するようなことがあれば,これまでの支援の効果は霧散してしまう惧れもある。その段階で新たな支援策を講じたとしても,債権者団はより大きな負担を強いられることになろう。15年夏のように,ギリシャをユーロ圏から放逐すべき,といった過激な議論が出てきても不思議ではない。

 欧州でもポピュリズムや自国優先主義の嵐が吹き荒れる中,債権者・債務者とも利己的な行動に駆られ易くなっており,EUの掲げてきた博愛や連帯の精神はすっかり影を潜めている。新たな危機が発生する前にEUが原点に立ち返ることができるか,瀬戸際のギリシャ財政は一つの試金石となるであろう。ギリシャ国民が改革の効果を感じられるまで緊縮財政等の痛みに耐えることができなければ,再びEUが世界経済の不安定化要因になる事態も考えられる。ギリシャ情勢を引き続き注視していかなければならない。

関連記事

金子寿太郎

国際経済

国際政治

欧州

最新のコラム