世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1108
世界経済評論IMPACT No.1108

トランプ政権の誤算,報復合戦の結末は?

馬田啓一

(杏林大学 名誉教授)

2018.07.09

 巨額の貿易赤字を削減したいトランプ政権が2年目に入って独善的な通商政策を本格化させ,各国の猛反発を招いている。報復措置の応酬が止まらず,中国やEUとの本格的な貿易戦争に突入すれば,世界経済への悪影響は計り知れない。

もろ刃の対中強硬策の狙い

 米国は今年6月,通商法301条にもとづき,中国の知的財産権侵害への制裁措置として,500億ドル相当の中国製品に25%の追加関税を7月から段階的に発動すると発表した。中国が直ちに同規模の報復関税リストを発表すると,今度は2000億ドル相当の中国製品に対し10%の追加関税を検討すると発表した。

 トランプ大統領の強気の駆け引きで,制裁と報復の連鎖につながる米中のチキンレース(我慢比べ)は一段と過熱しつつある。衝突を避けるために米中のいずれかがハンドルを切らなければ,最悪の結末となる。

 米中対立の根は深い。トランプ政権は中国との貿易不均衡だけでなく,中国のハイテク産業育成を目指した「中国製造2025」も攻撃の対象にしている。その重点分野の多くが制裁の対象に含まれている。ハイテク分野での米中の覇権争いが絡んでおり,中国への牽制という狙いもある。

 トランプ政権は,中国がハイテク産業の育成のために,中国に進出する米国企業に技術移転を強要したり,中国の国有企業に巨額の補助金を出して公正な競争を歪めていると批判している。また,中国企業による海外M&A(合併・買収)が米国の最先端技術を手に入れることを目的としていると警戒し,中国の対米投資に対して規制を強化する方針を示している。

 米中貿易不均衡の是正に向けた取り組みでは中国も歩み寄りの姿勢を見せているが,ハイテク分野での覇権争いでは一歩も引く気はない。「中国製造2025」を潰しにかかるトランプ政権の要求に中国は反発を強めている。

 中国に対する米国の懸念については,日本やEUも共有する部分が多い。しかし,ルールを無視して一方的に制裁を振りかざすようなトランプ流の強引な手法は許されない。中国の不公正な慣行を止めさせるには,日米欧が連携し,WTOのルールに則って解決を図るべきである。

孤立する米国,矛先は同盟国にも

 ところが,マルチを嫌うトランプ政権は,対中包囲網を目指す日米欧の連携をまるで無視するかのように,国防条項と呼ばれる米通商法232条にもとづく措置の矛先を,米国の同盟国と思っていたG7のメンバーにも向けてきたのである。

 トランプ政権は中国や日本などに発動していた鉄鋼・アルミの追加関税の対象を,6月に入ってEUやカナダなどにも拡大した。各国はWTOのルール違反だと反発し,撤回を要求している。しかし,トランプ氏は,米国の製造業と労働者を守るためにはどんな手段でも使うとして,追加関税の措置を撤回する素振りは全くない。

 カナダで開かれたG7サミットの焦点は,6か国の首脳が通商問題でトランプ氏を説得できるかどうかにあったが,説得は不調に終わった。G7は「G6+1」という対立の構図に変わった。サミット閉幕後,EUとカナダは米国に報復関税を課すと表明し,自由貿易体制の要となっているG7内部の貿易戦争に発展しかねないという異常事態となっている。

 11月の中間選挙を控えるトランプ氏は,米国の労働者など支持層にアピールするため,鉄鋼・アルミだけでなく,通商の「本丸」の自動車にまで232条にもとづく追加関税をちらつかせるなど強硬姿勢を見せている。

 しかし,欧州委員会が6月末に米商務省に送った書簡によると,トランプ政権が自動車の輸入制限を発動すれば,米国が貿易相手国から最大で3000億ドル規模(17年の米輸出規模の2割)の報復関税を受ける可能性がある。米国の鉄鋼・アルミの輸入制限に7か国・地域(EU・カナダ・メキシコ・中国・ロシア・インド・トルコ)が打ち出した報復関税合が計300億ドル超であるから,ざっと10倍近い規模になる。

トランプ政権に最悪への覚悟はあるのか

 サプライチェーン(供給網)のグローバル化が進むなか,貿易戦争に突入すれば米国も決して無傷ではいられない。ハーレーダビットソンがEUによる報復関税を嫌い,EU向けの生産拠点を米国外に移すと発表したことに,トランプ氏がひどく腹を立てたというが,それはお門違い違いだ。トランプ氏の思惑とは裏腹に,米国が取引(ディール)の手段として仕掛けた輸入制限がブーメランのように米国経済に甚大な打撃を与えることになろう。

 米中の持ちつ持たれつの腐れ縁が,果たして歯止めになるのか。トランプ政権が中国を見くびって,米中の報復合戦がこのままエスカレートすれば,理性が失われてこれまで禁じ手とされてきた関税以外の手段がとられるかもしれない。中国が「人質」として保有している1兆ドルを超える米国債を大量に売却すると米国を脅したら,米国はどうするつもりなのか。中国が返り血を浴びることも覚悟で米国債を売却すれば,米長期金利が高騰して米国経済は大きな打撃を受ける。世界経済のリスク要因として市場関係者が恐れている最悪のシナリオだ。

 トランプ氏の最大の誤算は,強引に「アメリカ・ファースト」を追求した挙句が「アメリカ・アローン」(独りぼっち)になってしまったことだ。トランプ氏には最悪の事態を回避できる落としどころが見えていないのではないか。WTOからの脱退をちらつかせ,脅すことしか手段を持たないトランプ政権によって,世界経済は貿易戦争の淵に立たされている。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1108.html)

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