世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
米国の対中国規制は2007年から実施されている
(信州大学カーボン科学研究所 特任教授)
2018.07.02
トランプ大統領が中国からの輸入規制,すなわち経済的な側面の規制に加えて知財の剽窃を防ぐために米国からの技術の流出についても大胆な規制を導入すると言い始めた。輸出貿易実務を行っていた立場からは「何を今更」という感じがするのだが,日本のマスコミは米国による中国に対する新規規制という報道を行っている。これは一種のフェイク・ニュースであり,経済記事を読むとおおよそ似たような内容なので掘り下げ不足であることが判る。貿易実務を経験した立場から解説を行いたい。
米国の輸出管理で,米国商務省/産業・安全保障局(DOC/BIS)は2007年6月19日に中国への輸出について軍事最終用途規制を発布した(官報:72FR33646)。この規制は突然発布されたのではなく,数年かけて準備され,パブコメは2006年7月6日から開始され修正を経た上で発布された。このBIS規制は,パブコメの意見に対する49項目に及ぶ対応内容からも米国が中国を軍事的脅威とみなすと宣言したものと受け止めることが正しい。最終軍事用途製品を製造・販売する企業への輸出を規制するという名目の下,輸出許可を与えられる中国の企業・団体は限られている(BIS Supplement No.7 to Part 748に記載される団体・企業)ので,実質的に厳しく輸出を規制するという内容である。この項を記載するに当たり直近の内容変更等を探索したが,特に大幅な変更通知がでていないので現在でもこのルールが適用される。
米欧日は過去にCOCOM規制で軍事関係の製品・技術輸出を管理していたが,ソ連崩壊後はワッセナー・アレンジメントという通常兵器輸出管理を行っている。これに沿って各国は貿易管理法,あるいは管理令によりモノと技術だけではなく,居住者(国民ではない)の条件も規定されて管理されている。BISの対中国規制は,明確にワッセナー・アレンジメントを超えるものと記載されている。また,東アジア地域における米国の安全保障上の理由ということも述べられている。さらに米国では,大学等研究機関における情報と人の管理もBIS規制の対象範囲である(BIS Part 734.8)。貿易実務として安全貿易管理(アンボーという)はとても煩わしいことであるが,米国のBIS規制は米国内だけではなく米国以外の地域でも米国の安全保障に関わる場合には適用され,米国刑法でかなり厳しい懲役刑に処される恐れがあるので疎かにはできない。
米国DOC/BISの対中国規制は,オバマ大統領時代でもフツーに運用されていた。それを掻い潜るために中国は大量の留学生を米国に送り込んだため2010年頃から留学生の行う研究開発内容についても厳しい査定が入るようになった。そのため,最近は日本に留学または就職することで米国の技術を中国に持ち帰ろうとする動きが顕在化している。読者諸兄も数年前に企業や研究所から大量のデータが盗まれた等のニュースを覚えておられると思う。企業はまだしも,国内の大学・研究機関は,まだまだ管理が甘いので,今後,米国に入国した際に拘束されるアカデミック研究者が増加する恐れがある。
経済関係の読者が多いので,BISの中国規制で対象になっている分野の一部を列挙する。炭素繊維,合成炭化水素オイル,ベアリング,工作機械器具,寸法測定機,プログラム承認ソフト,レーザー,光ファイバー。意外に身近に存在するものが規制対象になっていることを理解していただけると思う。高輝度レーザー・ポインターは規制対象である。カーボンシャフトのゴルフクラブや釣り竿も,プレゼントや国外に持ち出す際に念のため規制対象か否かを確認されたい。カメラも規制対象であるので注意されたい。
トランプ大統領の知的財産に関する規制は,上記BIS中国規制を強化する事に他ならない。つまり,新規事項ではなく,運用の強化ということになるのだろう。モノの輸出については再輸出も含めて,比較的容易に対応できるのだが,難しいのは「人」の管理である。日本やNATO諸国は米国の技術情報をほぼ自由に入手できるが,それが規制対象であるかどうかの判断は容易ではない。困るのは,日々職場で一緒に働いている日本在住の日本国籍の同僚が,例えば精密な寸法測定器を持ち出して中国人に渡した場合,その職場の組織と管理者が米国刑法で罰せられて,運が悪ければ20年前後の懲役刑を課せられる可能性である。大手製造業と商社は毎年研修が施されているが,それ以外では容易に貿易管理令違反が起こる恐れがある。読者の皆さんの職場や自宅でも技術情報管理を再確認する必要がある。ハニートラップは男女関係なく引っかかった方が罰せられるので,高級レストランや街中でも絶えず注意が必要である。
以上,貿易摩擦について論じる際に参考にしていただければ幸いである。
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