世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1100
世界経済評論IMPACT No.1100

プラスチック削減指令に見るEUの環境政策の考え方

川野祐司

(東洋大学経済学部 教授)

2018.06.25

廃棄プラスチックの削減に向けて

 EUの欧州委員会は,2017年5月28日に「特定のプラスチック製品による環境負荷削減に関する指令(使い捨てプラスチック削減指令)」を公表した。閣僚理事会と欧州議会による審議を経て2019年5月に予定されている欧州議会選挙前の施行を目指している。この間,27加盟国での国内議会の審議も進められる(イギリスは2018年3月の脱退通告以降,法案の審議に加われない)。

 ヨーロッパでは年間2580万トンのプラスチックが捨てられているが,そのうち15〜50万トンが海洋に投棄されていると考えられている。ヨーロッパのビーチに打ち上げられるごみの84%がプラスチックであり,そのうち半分は使い捨てのプラスチック製品であることから,使い捨てプラスチック製品の削減を目指している。今回の法案はEUのプラスチック戦略の一環でもある。

削減対象の商品

 今回の法案では,綿棒,スプーンなどのカトラリー,風船と風船を止める棒,食品容器,カップ,ペットボトル(蓋も含む),たばこのフィルター,ビニール袋,飴などの包装,衛生タオルや生理用品の10品目と漁具が削減対象となり,生産者には拡大生産者責任(EPR)スキームと2018年5月に採択されたEUの排出物規則にともなって,清掃費用などの負担が求められることになる。

 ペットボトルに関してはドイツのプファンド制度などのデポジット制度があるが,これらの制度を活用して加盟国は2025年までに回収率を90%に引き上げなければならない。ストローなどは紙製の代替製品が登場しつつあるが,代替素材の活用によるプラスチック削減が広く求められる。食品容器やカップに関しては,全加盟国に削減の数値目標設定が義務付けられる。釣り糸や網などの漁具は漁船から捨てられるものが最も多いと推測されているため,漁船に対する規制が強化される。化粧品や日焼け止めなどに含まれるマイクロプラスチックは今回対象外だが,今後REACHに含まれる予定となっている。生物分解性プラスチックなどのラベルの表示ルールも改正される。オキソ生物分解性プラスチックは自然の状態では十分に分解されないことが分かっているため,新たに規制の対象となる。

環境規制は経済成長にマイナスか?

 日本では見出しのような議論が必ず起きるが,完全に思考停止した時代遅れの議論だといえる。日本での環境対策は対処療法であり,例えば工場からのCO2排出量を減らすためには煙突にCO2回収装置をつけなければならないためコスト増になる,という発想が背後にある。ヨーロッパでは異なる。工場からのCO2排出を減らすためには,工場の運営を根本的に見直し,新しい技術を導入することで化石燃料の使用量自体を削減するという発想がある。そもそもCO2が発生しない生産方式を導入すればいいのであって,化石燃料の輸送などの面でもCO2を減らし,コストも削減できる。新しい技術の開発によって雇用も生まれ,この技術は輸出することもでき収益に貢献する。

 今回の使い捨てプラスチック削減指令では,EUは関連分野のR&Dに3億5000万ユーロ拠出し,イノベーションの促進を期待している。340万トンに相当するCO2を削減しつつも30万人の新規雇用が創出されるとしている。代替製品は他の地域に輸出され,ビジネス上のメリットを享受しつつ地球全体の環境改善に貢献できる。

 2014年に実施されたEUの世論調査(Special Eurobarometer 416)では,EU市民の約75%が環境対策が経済成長につながると答えている。事実,1995年から2005年までの約20年間で,EU28か国ベースで見るとCO2は16%削減されているが(20世紀に加盟したEU15か国ベースでは13%),その間のGDPは101%増加している(EU15では93%増加)。一方,同時期の日本ではCO2の削減は0.4%にすぎず(1990年比だと増加している),GDPの増加幅も3%しかない。CO2削減対策が経済成長の阻害要因となるというのは完全な誤りであるといえる。

たとえ環境規制でも変化はチャンス

 新しいルールに適応するためには,これまでにない新しい発想で取り組む必要があり,イノベーションが求められる。採用されなかった技術が他の分野で使われることもある。社会が高齢化して活力を失った日本では変化は嫌われ,変化をチャンスと捉える人が少ないことが経済を停滞させている。

 ヨーロッパでは,自動車の排ガス規制を巡るVWの不正問題をきっかけにEVシフトが進んだ。環境規制に対する不正問題という悪い問題ではあるが,重要なのはその後の行動の速さと大胆さだ。すでに,世界の常識では,化石燃料を1滴でも使う車はエコカーではない。一方,日本は急激な変化を嫌い,既存の戦略の延長線上に未来を描いており,いまだにハイブリッドカーをエコカーとみなしており,時代遅れになっている。たとえ環境規制であっても変化をチャンスと捉えるマインドが国際競争で勝つために必要なのではないだろうか。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1100.html)

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