世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
グローバルサプライチェーンとグローバルバリュウチェーンの区別と連鎖
(立命館大学 名誉教授)
2018.06.18
グローバリゼーションの進展にともなって,多国間に跨がる生産・流通のネットワーク形成による価値創造の分散化とその価値実現における特定国への集中化が顕著になってきている。一般には前者をグローバルサプライチェーン(GSC),後者をグローバルバリュウチェーン(GVC)という言葉で表しているようだ。そして当初は前者がよく使われていたが,最近はもっぱら後者が使われるようになった。これは,多国籍企業の国際生産が進展し,それも自社内組織の海外子会社網の敷設よりは,近年は各種部品を提供し,また完成品を販売する現地企業との様々な提携が中心になっていることから,拡散化が期待されるが,実際に実現された価値の配分の集中化と不等性が問題になってきたことを反映している。だが両者を用語の違いだけに矮小化して良いだろうか。そこには多国籍企業の本質に関わる重大な問題が潜んでいるように思われる。
第1に多国籍企業はグローバルスキャニングに基づいて,原材料や資材の調達,部品加工,完成品生産などの生産過程に関わることは無論のこと,R&D活動やそのための人材,また販売市場や在庫管理などにそれぞれ最適な場を見つけ,それを経営戦略に沿って配置して展開していく。つまり価値創造の過程における多国間に跨がる配置と実行である。これを表す言葉としてはGSCが適切であろう。
第2にこれに対して,生産活動の結果としての商品の販売収入や知財収入から得られる利益は,けっして多国間に均等に散布されていかない。多国籍企業の海外子会社網を利用した場合は,司令本部たる親会社と価値創造に寄与した海外子会社との間でその戦略に応じて利益の配分がなされ,場合によってはタックスヘイブンなどに密かに利益が蓄積されていく。そこでは本社の主導性と圧倒的な優位性が確立されている。一方,独立の現地企業との企業間提携を実施した場合には,あらかじめ契約に基づいて決められていた約束に沿って,利益の配分がなされるだろう。こうした価値実現とそこからの資本蓄積に関わっては,GVCがよりフィットしている。
さて問題はこの両者の関係をどう考えるかである。第1のGSCはグローバリゼーションの拡大,成長、拡散の証しとして,肯定的に捉えられることが多かった。そして途上国がグローバル化の一翼を担うようになって,世界の成長と平準化がより一層進むだろうと楽観的に見られてきた。ところが事態はそうはならず,工業化の進展とともに,現地企業が先進国多国籍企業との提携の一翼を担い,現地経済の発展に寄与するはずのものが,実際には利益の多くは先進国多国籍企業側が獲得してしまいがちである。その結果,資本蓄積に著しい格差が生まれてきている。こうした現状から第2のGVCには利益配分の不等性の原因を探るという,疑念付きで使われている傾向が多い。これは,生産・流通過程と蓄積過程の相反的な性格や方向性が多国籍企業のグローバル展開の中で容赦なく表れた結果だが,これはいみじくも,資本主義の極めて本質的な特徴を表していることにもなる。そして生産のためのグローバル化ではなく,蓄積のためのグローバル化こそがその本質的な動機であることを物語っている。だからこそ,それに付帯して,租税負担を最小にし,最大の利子収入や知財収入を得るための金融術策がまかり通ることにもなる。
そう見てくると,GSCとGVCは正反対のものを表していることになりそうだが,必ずしも真相はそうでもない。両者には相補,相関関係もあるからだ。というのは,生産過程の世界的な拡散があるからこそ,より大きな価値創造が実現できるからであり,それがなければ,資本主義は行き詰まってしまうからである。その意味ではGSCあってこそのGVCである。そして成果を特定多国籍企業が独占しようと欲望を膨らませ,ディヴィデンドマシーン(集金機構)をフル回転させることになる。企業内国際分業に基づく海外子会社網ならそれも可能かもしれないが,それとて,現地海外子会社が地域本部として相対的に自立するようになると,本社は現地の事情を完全に掌握しているわけではないので,その思い通りにはいかなくなる。ましてや現地地場企業との企業間提携においては,具体的な交渉によってその配分比率を変更することが可能であり,所詮は両者の力関係次第でその帰趨は決まってくる。そこに大いなる可能性が潜んでいる。したがって,GSCとGVCとは固く連動していることにもなる。だから,今日のグローバリゼーションは,その主役たる多国籍企業によってGSCに基づく生産・流通の時間的・空間的分離とGVCに基づくそれの再統合と集約化の双方を構成要素として,総合的に展開されているといえよう。
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