世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1091

アメリカの保護主義をどうみるか

宮川典之

(岐阜聖徳学園大学教育学部 教授)

2018.06.04

 このところマスメディアを見ると,一方において朝鮮半島をめぐる国際政治の話題でいっぱいである印象が強い。また他方において,トランプ大統領が唱える保護主義についての議論も根強い。そこで本コラムでは,後者について経済史の視点を絡めて考えてみたい。

 そもそも一国はなぜ保護主義に訴えるのか,という論点をめぐって古くから議論されてきた。近年,アメリカを代表する経済史家ジェフリー・ウィリアムソンが,一国が輸入関税を賦課する動機について整理している。かれによれば以下のように要約できる。

  • ① 関税収入目的のケース
  • ② 幼稚産業育成目的のケース
  • ③ ストルパー=サミュエルソン的意味をもつケース

 ウィリアムソンは以上の3通りの保護関税の動機を考えたが,これらはいずれも歴史的に見出されるものなのである。①については,いわゆる低開発国もしくは開発途上国一般が採ってきた政策である。その根拠は,これらの国ぐにのばあい,税源が著しくとぼしい。最も手っ取り早くて実現可能なのは輸入関税から得られる税収である。それゆえかれらはこれに頼るケースが多い。

 ②についてはどうか。いうまでもなくそれは,後発国もしくは新興工業国が歴史上採ってきた典型的政策にほかならない。いわゆる輸入代替工業化政策もこれに含まれる。アメリカ自体も先発国イギリスを凌駕するまでは高関税を維持してきた。現在先進国になっている国は,後発国の位置にあった時期にこの政策を採ってきた。日本やドイツもそうであったし,前述のようにアメリカもそうであった。このことはすでに統計において実証されてもいる。

 最後に③について考えてみよう。これは貿易論の純粋理論の重要部分を占める学説であり,門外漢にはややわかりづらいであろう。それは次のように説明される。

 「一国内で生産要素が完全に移動する場合の2要素(たとえば資本と労働)世界において,国際貿易の自由化は一方の生産要素の実質所得を低下させ,他方の生産要素の実質所得を上昇させることになる」。

 すなわち,一国が採る貿易の自由化政策もしくは保護政策によってもたらされる,一国内の各社会階層への所得分配効果のことである。

 このことを言い換えるなら,次のようになる。相対的に稀少な要素が集約的に使用されて生産される財に対する輸入関税を引き上げるように政治が動き,それが実現されるとなれば,当該要素の実質所得は増加するのに対して,相対的に豊富な要素の実質所得は減少する,ということこれである。ウィリアムソンによれば,このことがみられた歴史上の事例として,19世紀前半のイギリスにおける穀物法改定をあげることができる。当時稀少要素とみなされた土地が集約的に使用されて生産された穀物に対して,輸入関税が引き上げられたので,地代を収入源としていた地主の実質所得が増進したのだった。つまりストルパー=サミュエルソン定理によれば,保護政策は稀少要素に対する所得補償という意味をもつことになる。そういう意味での所得分配効果なのである。

 では現在論点となっているトランプ大統領によるアルミ・鉄鋼に対する輸入関税(前者10%,後者25%)の引き上げ政策は,どういう意味をもつだろうか。それはやはり③の路線で考える筋合いのものであろう。すなわちアメリカ国内のアルミ・鉄鋼業界関係者に対する所得補償という意味をもつことになる。さらにもうひとつ付け加えるなら,当該業界の失業をいくらか削減すること(これはストルパー=サミュエルソン的意味では,労働者に対する所得補償である)になるであろう。

 ただし現在のトランプ流保護主義は既存のアカデミックな知恵とは無縁の,いうなればアニマルスピリットのなせる業とでもいおうか,アメリカの貿易赤字相手国とりわけ中国と日本をターゲットにする(その他の国はダミーあつかい)手法であり,合理的判断とは言いがたい類のものであるようにも思える。

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