世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1087
世界経済評論IMPACT No.1087

RCEP交渉妥結を急がなければならない

清川佑二

(特定非営利活動法人 日中産学官交流機構 理事長)

2018.05.28

1.RCEP交渉は政治プロセスに入った

 RCEP(東アジア地域包括的経済連携)交渉が終盤を迎えようとしている。ASEAN10国と日,中,韓,印,豪州,NZ16ヵ国は,世界人口の約半分,世界のGDPと貿易総額の約3割を占める巨大な広域経済圏を作り出そうとしている。2012年から交渉を続けて来たが,5月の日中韓サミット(東京)で3国首脳が交渉加速の強い意向を宣言したのを受けて,早速,世耕経済産業大臣は7月に東京で大臣級会合を開催すると発表した。7月の会合で妥結への道筋を付けようとする,世耕大臣の意気込みを感じる。

2.国際情勢の激変に向き合わなければならない

 この際,RCEP交渉が立ち上がった2012年と現在では,国際関係の基調が大きく転換したことに注目したい。

 第1にトランプ政権は唐突で一方的な交渉手法を多用しているために,世界で懸念が広まっている。3月に通商拡大法232条(国防条項)に基づき鉄鋼,アルミに高率の輸入関税を課すことを決定した直後に,中国に対して通商法301条(不公正取引慣行)に基づく制裁措置を発表した。貿易赤字2000億ドル削減,輸入関税の米国水準までの引き下げ,さらに過剰生産を助長する「市場をゆがめる補助金」の即時全面廃止も要求した。「中国製造2025」の先端産業10分野等で,鉄鋼業の大過剰生産問題の繰り返しを拒否したものだ。

 中国との厳しい交渉の最中に,米国は唐突に自動車輸入について国防条項の調査を開始すると発表した。日本,ドイツの狙い撃ちだと言われるが,自動車について国防条項を主張した事例はこれまで聞いたことがない。

 この有様ではトランプ政権が将来WTO自由貿易体制のルールを無視しないか,と心配になる。米スムート・ホーリー法が引き起こした世界のブロック経済化が,大恐慌と第2次世界大戦の遠因となったことは周知の通りである。WTOの自由貿易体制が弱体化すれば,世界は大きな痛手を受ける。

 第2に,米国の世論は左右を問わず中国非難一色となり,中国が豊かになれば民主化が進むと仮定した対中政策は誤りだったと否定された。「国家安全保障戦略」(2017年12月)は「技術,宣伝および強制力を用い,米国の国益や価値観と対極にある世界を形成しようとする修正主義勢力」の筆頭に中国を位置付けた。自由・民主主義などアメリカの価値観を否定する革命輸出国家の中国と対決する,と決意を示しているようだ。

 中国でも,「両国はこの百年で初めて,アジア太平洋地域で正面からぶつかることになった」と報道された。その一方米国の対中制裁発表後に,中国は日本との友好促進の姿勢を強めた。対外強硬で知られる環球時報は,「中日関係の再構築は中国にとって重大な戦略的意義があり,中国は米日同盟関係を変えることはできないが,この同盟の中国に対する攻撃性を日本サイドから弱めることができる」として「中日関係改善に重大な戦略意義」があると主張した(4月16日)。米中関係緊張の根底には国家のイデオロギー対決があるから,外見上は友好を見せながらも緊張はさらに深まりそうだ。

3.持続可能性の高い内容で早期合意を期待する

 今後は米国が多発する一方的通商政策と米中対決の影響が世界に及ぶ懸念が強くなることから,東アジアでは経済の安定と発展を守るための工夫を急ぐ必要がある。さらに,保護主義が世界に広がる懸念に備える必要がある。この観点からもアジア諸国が身を寄せ合って風波に耐える経済圏を早急に作り,育てていかなければならない。

 幸いにも3月には環太平洋11ヵ国はTPP11(環太平洋経済連携協定)に署名し,人口5億人の経済圏が誕生することになった。この質の高い広域経済連携への加盟国を積極的に増やして,安定した地域を拡大するべきである。

RCEPは,年内大筋合意の兆しが見えてきた。注目を浴びる中国も積極的姿勢を強めており,早期合意を実現すべきである。

 なおRCEP協定の枠組みについては,今の世界の現実に立脚した考慮が求められる。とりわけ中国の産業・技術能力は,米国に脅威を与えるほどに向上したうえに,さらに発展しようとしている。また政治的価値観でも米国に公然と立ち向かうようになった。この現実を踏まえて,協定では中国などの産業・技術力の急速な向上によって,将来域内経済交流に異常な不均衡が生まれないように工夫をすることが望まれる。またRCEP諸国とアメリカとの円満・円滑な経済交流に支障が生じないよう,開放的姿勢を積極的に打ち出すことが強く期待される。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1087.html)

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