世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1063
世界経済評論IMPACT No.1063

マクロン仏大統領のEU改革はどうなるのか:仏独連携強化で,6月合意を目指す

田中友義

(駿河台大学 名誉教授)

2018.04.30

 フランスのエマニュエル・マクロン大統領は欧州政治外交の舞台を独り占めしている。マクロン氏はEU首脳会議やユーロ圏首脳会合での討議,欧州議会での演説,あるいはEU首脳との会談など,あらゆる機会をとらえて,EU改革に向けて熱弁を振るっている。

 対照的に,社会民主党(SDP)との大連立政権発足まで6カ月近くも政治空白が続いた後,ようやく4選を果たしたドイツのアンゲラ・メルケル首相の政治指導力に陰りがみえる。野心に燃える新進気鋭の政治家マクロン氏の陰で経験豊かなベテラン政治家メルケル氏がかすんでみえてしまうのだ。欧州の政治力学の変化を象徴する。

 マクロン氏はドイツ連邦議会選挙結果が判明した昨年9月末,パリのソルボンヌ大学で演説し,欧州再建のための「主権を有する,結束した,民主的な欧州のためのイニシアティブ」(マクロン構想)を提案した。同氏は,現在の欧州は「弱すぎ,遅すぎ,非効率すぎる」として,欧州再生に向けて,難民や国境警備,法人税,情報共有,防衛,金融安定などを含む広範な問題でEU加盟国が,より緊密に連携するとともに,ユーロ圏の共通予算を創設するように呼び掛けた。

 また,マクロン氏は3月,政権4期目の最初の外遊先としてパリを訪問中のメルケル氏との共同記者会見の場で「ユーロ圏や移民政策,防衛政策,貿易,研究,教育などの分野で,明確で野心的な行程表(ロードマップ)を6月(EU首脳会議)までに提示する」と公言した。

 このように,マクロン氏をEU改革へと突き動かす要因は一体全体何だろうかと考えてみた。

 無理もない。2010年からEU,とくにユーロ圏が深刻な危機に見舞われ,EUがますます機能不全化している。ギリシャ債務危機を震源とするユーロ危機,シリア内戦などによる大量の難民流入危機,テロ事件の頻発による社会不安,欧州統合への懐疑的ポピュリスト政党の台頭,緊迫するウクライナ情勢やロシアの脅威などの衝撃が,EUの土台を大きく揺るがしている。そして,統合史上初の分裂,英国のEU離脱という厳しい現実が,決定打となった。これらの危機の連動や相乗効果をとらえて「欧州複合危機」と呼ぶ論者もいる。

 昨年3月末,1957年のEEC(EUの前身である欧州経済共同体)条約,いわゆる「ローマ条約」調印から60年を記念するEU特別首脳会議が開かれ,「ローマ宣言」に署名した。宣言には「我々はこれまで同様,同じ方向へ進み,後から参加したい者には扉を開けておくと同時に,必要があれば異なるペースと度合いで共に行動する」と明記した一節があることに注目してほしい。

 そもそも,戦後に始まった欧州統合方式(統合の先導者フランス人ジャン・モネにちなんで「モネ方式」と呼ばれる)には,一部例外が認められることはあっても,原則として,全ての加盟国が共通ルールに基づいて,共通の政策を同時に進めるという前提があった。しかしながら,加盟国が当初の6カ国から28カ国へと増加したことで,異質性が強まり,加盟国間の経済格差や政策目標・選好の相違がますます広がったため,モネ方式では,柔軟性に欠け,迅速に対応し決定できない。以上が,マクロン氏の苛立ちの理由である。

 そこで,モネ方式を修正する統合方式として,ローマ宣言に明記されたような「2速度式欧州」という考え方が登場する。宣言は,統合の理念を維持しながら,(独仏など)先行する「能力」と「意思」があるグループと,(中・東欧など)「意思」「能力」に欠けるグループの差異を一時的に容認し,統合をさらに進めようというものであるが,中・東欧の反発はきわめて強い。

 マクロン構想もこの考え方と通底しており,ハンガリー,ポーランドなどの反応はというと,冷ややかである。また,財政が健全なスカンディナビアやバルト諸国もマクロン構想に批判的で,慎重な立場を崩さない。

 昨年12月のユーロ圏首脳会合では,マクロン構想の目玉ともみられていたユーロ圏共通予算やユーロ圏財務相の設置などは時期尚早だと判断されて,先送りとなった。マクロン氏がユーロ圏レベルで合意を取り付けるためのハードルはなお高い。

 結局のところ,マクロン氏がEU改革を進めるには,「ダブルM」(Macron+Merkel)による仏独連携の強化以外に選択肢はないが,ドイツの財布(財政資金)に頼る構図が変わらないとすれば,説得力に欠けるし,求心力に陰りも指摘されるメルケル氏は,そう簡単に手を携えてはくれないだろう。そのためには,まずマクロン氏が国内改革で成功しなければ,同氏の提案は一顧だにされないだろう。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1063.html)

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