世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
南下する中国とCLM諸国の国民生活
(拓殖大学 准教授)
2018.03.19
習近平国家主席が提唱する「一帯一路」構想は,東南アジアの後発諸国―カンボジア,ラオス,ミャンマー(CLM諸国)の国民生活に大きな影響を与えている。中国からの直接投資がCLM諸国の対内直接投資総額に占める割合は,カンボジア(31.7%・2016年),ラオス(15.6%・2016年),ミャンマー(35.1%・2015年)となっており,現在中国は各国最大の出資国となっている。
不動産への投資意欲も旺盛である。プノンペン(カンボジア)では,メコン川,トンレサップ川とバサック川の合流する地点に象徴的なダイアモンド・アイランド(Koh Pich地区)の建設が進んでいるが,市内にも大型商業施設やホテルが中国資本のもとで現在着工されている。プノンペン市内,開放的なオープン・テラスが印象的だったゴールデン・ソリア・モール(2009年完成)も,2018年2月に足を運んだ際には,中国資本によって再開発の対象となり閉鎖されていた。
ヤンゴン(ミャンマー)では,最近,セントラル駅の改修事業を中国,シンガポールと現地企業の三社合弁企業(JV)が落札して話題となっているが,2015年に設立されたヤンゴン証券取引所では,2017年にはオンライントレードが開始されるなど,株式市場の外国人投資家への証券市場開放も目前と言われている。解禁されれば,中国からの資本流入は一層加速することになるだろう。
ビエンチャン(ラオス)では,2015年,タラート・サオ・モールの南東500mに雲南省海外投資有限公司(中国)と現地企業のJVによってビエンチャン・センターが建設された。ここには,海外有名ブランドのほか中国銀行(Bank of China)も大きな看板を掲げている。そして現在,ビエンチャン・センターの隣接地には,レジデンスとオフィスを兼ねたワールド・トレード・センター(World Trade Center)も建設中である。
もともと,中国とラオスの経済的な結びつきは極めて強かったが,都市部の不動産開発と同時に進む中国ラオス鉄道の敷設事業は,「一帯一路」構想を具現化するものとして重要な政策とされている。
しかし,CLM諸国への資本流入,溢れる安価な中国製商品,そして,急速に進む都市開発は,現地で生活する人々にとって必ずしも歓迎されることばかりではない。開発に伴う恩恵を受けた一握りの富裕層と,大多数の貧困層という図式がとりわけ都市部で顕著になっている。都市へ流入する資本は,不動産価格や賃貸価格を押し上げる。街に輸入商品は溢れるが,雇用の吸収が追い付かず,都市部に慢性的な失業者を生んでいる。ヤンゴン・セントラル駅改修事業の発表があった折,私はちょうど環状線に乗ろうと駅前を散策していたが,そこに広がる低所得者層のエリアでは,上下水道の設備もままならない状況の家屋で,定職につけない父親が子供をあやす姿が印象的であった。
IMFによる2017年推計によれば,1人あたりGDPは,カンボジア(1,278ドル),ラオス(2,394ドル),ミャンマー(1,232ドル)にすぎない。これは日本でいえば,1960年代後半から70年代の水準である。しかし,50年後,CLM諸国の国民が日本のような生活をしていることを想像することは極め難しい。もちろん,一部の富裕層はすでに日本の富裕層と遜色ない生活水準を維持できているであろう。しかし,このままの成長を続ければ,富裕層と貧困層の生活格差は拡大する可能性がきわめて高いと言わざるを得ない。国際経済学者であるクルーグマン教授は,かつて,「まぼろしのアジア経済」の中で,資本や労働の投入のみによる経済成長への警鐘を鳴らした。技術進歩や効率性の改善が重要であるというわけだ。
2016年11月に,中国政府は資本移動の管理を厳格化するとの声明を発表し,海外不動産への投資にブレーキがかかっている。もっとも中国資本は,さまざまな方法でこれを回避しようと試みるであろうが,今後の動静に注意が必要である。
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