世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1030

TPP11署名と東アジア経済統合

清水一史

(九州大学大学院 教授)

2018.03.12

 3月8日にTPP11(CPTPP:Comprehensive and Progressive Agreement for TPP)が遂に署名された。2017年1月にトランプ氏大統領が就任しアメリカがTPPを離脱して,TPPは頓挫する可能性があったが,日本が提案して交渉を進めてきたTPP11が署名にまで至り,次は各国の国内手続きの完了と2019年の発効を目指すこととなった。現在の国際通商状況はトランプショックやEUからのイギリス離脱などにより,大変厳しい状況となっているが,TPP11署名は一筋の光明となり,東アジアの経済統合にも正の影響を与えるであろう。

 東アジアではASEANが経済統合をリードしてきた。昨年,設立50周年を迎えたASEANは,1976年から域内経済協力を開始し,1992年からはASEAN自由貿易地域(AFTA)を推進,2003年からはASEAN経済共同体(AEC)の実現を目指してきた。2015年12月には遂にAECを創設し,更に経済統合を深化させようとしている。また東アジアにおいては,ASEANを中心として重層的な協力が展開してきた。

 そして2008年からの世界金融危機後の構造変化の中でTPPが大きな意味を持ち始め,ASEANと東アジアの経済統合に大きな影響を与えてきた。2011年には東アジア地域包括的経済連携(RCEP)がASEANによって提案された。2015年10月にはTPPが大筋合意され,2016年2月には署名された。TPPの発効が,更に東アジアの経済統合に大きな影響を与えると考えられた。

 しかし2016年11月8日にはアメリカの大統領選でトランプ氏が当選し,大きな衝撃を与えた。2017年1月20日には実際にトランプ氏がアメリカ大統領に就任し,1月23日にはTPPからの離脱に関する大統領令に署名した。

 アメリカのTPP離脱は,ASEANと東アジアの経済統合にも大きな負の影響を与える。トランプショック以前には,TPPが東アジアの経済統合を後押ししていた。第1に,TPPはAECを追い立ててきた。第2に,TPPがRCEPの確立を追い立ててきた。そしてRCEPが更にAECを追い立ててきた。第3に,TPPの幾つかの新たなルールが,AECやRCEPを深化させる可能性が考えられた。

 しかしながら,アメリカのTPP離脱は,東アジア経済と経済統合にも大きな負の影響を与える。第1に,ASEAN経済統合を追い立てる力が弱くなる。第2に,TPPがRCEP交渉を促す力が弱くなり,RCEPがAECを追い立てる力も弱くなる。第3に,TPPの幾つかの規定がAECを深化させる可能性は低くなる。そしてTPPが頓挫する事は,あるいはトランプ大統領になって世界経済が保護主義的になることは,東アジア経済全体に大きな負の影響を与える。ASEANを含めて東アジア各国は,貿易と投資の相互依存関係の増進の中で急速な成長を遂げてきたからである。

 TPPからアメリカが離脱し世界各国が保護主義的になって来ている中で,日本は2017年5月にTPP11を提案してその後の交渉をリードした。5月2-3日の交渉会合に続けて5月21日のTPP11カ国による閣僚会議の声明では,早期発効に向けた選択肢を検討し,その作業を11月のAPEC首脳会議までに終えることが述べられた。また他方,日本はEUとのメガFTAを進め,日本EU・EPAが2017年7月に大枠合意され,12月に最終合意された。

 2017年11月11日のベトナムのダナンでのTPP閣僚会議では,TPP11(CPTPP)が大筋合意された。ただし,いくつかの項目に関しては再度の交渉が必要となり,2018年1月23日の交渉会合で協定文が最終的に確定し,3月8日にチリで署名することとなった。TPP11は,その規模は大きくはないが,TPPの高い水準の貿易自由化と新たなルールを受け継ぎ,今後のメガFTAの雛形になる。同時にAECの深化とRCEP交渉の進展にも推進力となるであろう。

 RCEPに関しては,交渉会合と閣僚会合が重ねられたが,結局2017年に交渉妥結することはできなかった。11月14日のRCEP首脳会議の「RCEP交渉の首脳による共同声明」では,「閣僚と交渉官が,RCEP交渉の妥結に向けて2018年に一層努力することを指示する」と述べられ,交渉分野に関しては18の交渉分野が公表された。RCEPは成長を続ける東アジアのメガFTAであり,RCEPの実現は東アジア全体で貿易と投資を促進して東アジアの発展に資するであろう。TPP11の署名と発効が,RCEPの交渉の加速と質を高める事にも貢献するであろう。

 トランプ大統領は,TPP離脱だけではなく,多くの保護主義的政策を打ち出している。近々の3月1日には鉄鋼とアルミニウムの輸入関税引き上げの方針を発表し,3月8日に発動の文書に署名した。中国やEUなど世界各国・地域が報復的な関税を掛ける事も考えられ,世界に保護主義が広がる可能性がある。

 日本は,TPP11,RCEP,日本EUのEPAの3つのメガFTAを進めている。これまで世界の貿易自由化と通商ルール化を先導していたアメリカが逆の方向に向かいつつある今日,世界全体での貿易自由化と通商ルール化を進めている日本の役割は,きわめて大きい。日本がASEANと連携してRCEPを進めて行くことも,更に重要になっている。

 TPP11は,東アジアの経済統合にとっても大きな力となるであろう。FTAにおいても,一つ状況が変われば,次の状況が変わる。TPPがこれまでの東アジアの経済統合を進めたように,TPP11がAECの深化とRCEP交渉を後押しして東アジアの経済統合を進めることを期待したい。そして現在の保護主義的な国際通商状況を逆転させて行くことを期待したい。

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