世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1009
世界経済評論IMPACT No.1009

「一帯一路」で期待の中央アジア,対外債務依存度高まる

小原篤次

(長崎県立大学 准教授)

2018.02.12

 中央アジアのカザフスタンにあるナザルバエフ大学で,世界銀行副総裁などを務めた勝茂夫が2010年の開学以来,学長を務めている。この大学で,中国政府として記念すべきスピーチが行われた。

 2013年9月,中国の国家主席に就任した習近平が,中国から欧州へ続く陸上交通を通じた「シルクロード経済ベルト」構想(一帯)をスピーチした場所である。同年10月,習は,インドネシア国会で「21世紀海上のシルクロード」構想(一路)を公表し,陸と海の交易網を組み入れた「一帯一路」構想が浮上した。中国の党・国家スローガンだけに,中国国内では「一帯一路」の書籍は200冊近くあり,構想の名前を冠した研究所の設立も相次いでいる。

アメリカ経済学会でもインフラの議論

 中国が提唱したアジアインフラ投資銀行(AIIB)に未参加の米国でも,今後の世界経済の成長は,途上国のインフラ建設がけん引するという見方が少なくない。筆者も参加した1月初旬,ペンシルバニア州で開かれた米国経済学会では,成長理論の専門家として知られる,世界銀行のチーフ・エコノミストでもあるポール・ローマー(Paul Romer)が,ニューヨーク大学のピーター・ブレア・ヘンリー(Peter Blair Henry),ハーバード大学のローレンス・サマーズ(Lawrence H. Summers)らと議論をしていた。

 質疑応答の冒頭で,勢いよく挙手した中国人女性が「一帯一路」の役割を壇上のエコノミストに質問した。サマーズが,説明を始めたローマーをさえぎり,「それは(経済ではなく)地政学の問題である」と反論した。確かに,米国のエコノミストは「一帯一路」に触れず,世界のインフラについて議論を続けていた。経済学者も「一帯一路」の表現を多用する日本とは,異なる米国,とくに東海岸の「空気」を感じた。会場からは,彼女をフォロー,サポートする声は皆無だった。筆者は,環境アセスメントについて報告者と意見交換をした。

 ただし,米中が,インフラ投資に期待する点では共通する。道路,鉄道,港湾,電力,通信などインフラ投資は巨額の事業となり,途上国の対外借り入れを増やす要因になる。とくに,「一帯一路」に関する日本での議論では,ほとんど触れられていない。

対外債務のGNI比,最高はモンゴルの232%

 世界銀行が公表する対外債務(External debt stocks)のGNI比(対外債務依存度)で,途上国の借金体質を確認することができる。2016年現在,中国とロシアに囲まれるモンゴルが232.0%と世界で最も高い。中国と欧州の中間地点にあり,「一帯」で注目される中央アジアでは,カザフスタン(135.1%),ウクライナ(127.8%),キルギス(125.3%),ジョージア(118.0%)が高い。旧ソビエト連邦に含まれ,独立後,市場経済の移行国であり,海外からの融資の歴史は短い。カザフスタンとジョージアは過去最高,ウクライナは過去最高の9割の水準である。とくに前年比増加が目立つのは,中国・新疆ウイグル自治区に接し,多数のインフラ事業を抱えるカザフスタンだ。

 中国の南に位置する東南アジアでは,ブータン(113.8%)やラオス(93.1%)が高い。1980年代の累積債務危機や,1990年代の通貨危機に見舞われたマレーシアは69.6%,インドネシアは35.1%,タイは31.4%,フィリピンは21.1%である。かつてこの指標がどこまで悪化したのか。(1)1990年代までに戦争や内乱などを経験したアフリカ諸国は総じて対外債務依存度は高い。アフリカで人口上位10カ国のうちで,コンゴ民主共和国489.3%,スーダン251.2%,ナイジェリア228.4%,タンザニア165.8%が高かった。人口条件を外すと,さらに高い国もある。(2)1980年代の累積債務問題に関連した諸国では,ペルー132.0%,エクアドル104.5%,フィリピン98.8%,アルゼンチン93.3%,メキシコ82.0%が高かった。(3)1990年代,通貨危機に見舞われたなかでは,インドネシア168.2%,タイ96.0%,ロシア95.7%が目立った。現在の中央アジア諸国の数値は過去実績と照らして,警戒水準にあると言えるだろう。

 返済利率や返済猶予期間など融資条件は各国,各プロジェクト,年代ごとに異なる。このため,対外債務依存度のほかに,利払いのGNI比をみておくと,ウクライナ7.0%,ジョージア6.9%,モンゴル5.1%などが高い。

 AIIBでは2018年2月6日時点で,承認プロジェクト24件,計画プロジェクト12件が公表されている。承認プロジェクトのうち,エネルギー10件,交通7件などとなっている。計画プロジェクトでは,エネルギー,交通,水が各3件である。国別では,インドが承認,計画ともそれぞれ5件,インドネシアは承認3件,計画1件となっている。中央アジアでは,ジョージア(承認1件,計画1件)とアゼルバイジャン(承認2件)が含まれている程度である。つまり,中央アジアの対外負債の全体像は,各国の財政資金のほか,世界銀行,アジア開発銀行,JICAなど公的ローン,民間融資も含めておかないと,実態が把握できないことになる。

 日通が,中国や中央アジアの鉄道を利用して,自動車部品などで欧州との物流を始めている。船と鉄道を組み合わせた物流は,すべて航路に比べた日数短縮効果がある。「一帯」の経済的な便益の一例である。

 「一帯一路」構想が具体化するにつれて,中国の国家戦略として考える視点のほか,プロジェクト対象国のマクロ経済,支払い能力も含めた観察が重要になる。景気後退,政情の変化,為替変動などから,対外債務の返済が滞れば,次の金融危機につながるリスクも秘めている。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1009.html)

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