世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
APECは米中の主戦場:FTAAPをめぐり対立激化
(杏林大学客員教授,国際貿易投資研究所理事)
2015.11.30
■大筋合意に焦る中国
アジア太平洋の経済連携をめぐり米中の対立が先鋭化している。今年11月18,19日マニラでAPEC(アジア太平洋経済協力会議)の首脳会議が開催された。「北京ロードマップ」の採択からちょうど1年,TPP(環太平洋パートナーシップ)かRCEP(東アジア地域包括的経済連携)か,再びFTAAP(アジア太平洋自由貿易圏)実現の道筋をめぐる米中の主導権争いが繰り広げられた。
首脳宣言ではFTAAP実現に向けた取り組みの強化が確認されたものの,TPP大筋合意によるTPP参加の流れを止めたい中国が,TPPの文言を盛り込むことに反対,その是非をめぐり激しい応酬があった。結局,「TPP交渉の大筋合意を含む域内FTAの進展と,RCEP交渉の早期妥結を促す」といったTPPとRCEPの両方に言及する形で決着したが,APECは今やすっかり米中の主戦場と化してしまった。
TPPは,高いレベルの自由化と共通の新たな貿易ルールを定めた21世紀型のFTAだ。TPP交渉が米アトランタでの閣僚会合で大筋合意に達した10月5日,オバマ米大統領は声明で「中国にルールを作らせてはならない」と,アジア太平洋のルール作りを米国が主導した意義を強調し,中国を強くけん制した。
中国への包囲網になりかねないTPPが大筋合意したことに,中国は焦りを感じている。11月1日の日中韓首脳会談で,RCEPのテコとなる日中韓FTA交渉を加速することで一致したのは,その表れと見ることができる。
TPPによって企業の国際生産ネットワークから外される可能性を,中国は最も恐れている。TPPが発効すれば,サプライチェーン(供給網)の効率化を目指す日本企業などが,投資先を中国からベトナムやマレーシアなどにシフトさせる動きが進むだろう。将来,TPPに参加する国が増えれば,そうした傾向はさらに加速する。
■中国がTPP参加を決断するとき
米国はTPPルート,つまり,TPPの参加国を中国も含めAPEC全体に広げる形でFTAAPを実現しようとしている。投資や競争政策,知的財産権,政府調達などで問題の多い中国に対し,TPPへの参加条件として,政府が積極的に市場に介入するような「国家資本主義」からの転換を迫るというのが,米国の描く最終的なシナリオだ。
TPPの参加国は現在,日米をはじめ12カ国であるが,今回のTPP大筋合意を受けて,韓国,台湾,タイ,インドネシア,フィリピンなどがTPP参加の意思を表明した。APEC加盟国が次々とTPPに参加し,中国の孤立が現実味を帯びるようになれば,中国は参加を決断せざるを得ない。なぜなら,TPPへの不参加が中国に及ぼす貿易上の不利益を無視できないからだ。規制緩和を進める「中国自由貿易試験区」を13年9月に上海に設置したのは,中国が選択肢としてTPP参加の可能性を強く意識していることの証拠だ。現在は,天津,福建,広東にも試験区を拡大している。
■FTAAPの道筋をめぐり交錯する思惑
しかし,その一方で,国家資本主義を維持しつつ経済連携を進めたい中国は,TPPへの対抗策としてRCEPの実現に向けた動きを加速させている。RCEPの参加国は,ASEANプラス6の16カ国。TPPに比べて自由化のレベルは低いが,中国やインドを含む経済連携の枠組みとして大きな意義を持つ。
中国はASEANを囲い込むためにRCEPの議長に据えた。だが,本音は黒子のように実質的な主導権を握るつもりである。当初,15年末の妥結を目指したが,RCEP交渉が本格化した途端,各国の温度差が露呈し交渉は難航,16年にずれ込む見通しだ。
APECはFTAAP実現に向けてTPPルートかRCEPルートか,さらに両ルートが融合するのか否か,その具体的な道筋は明らかではない。このため,14年11月のAPEC北京会合では,FTAAP実現に向けたAPECの貢献のための「北京ロードマップ」が策定され,FTAAPの早期実現を目指すこと,そのための戦略的共同研究を行い16年末までに報告することを明記した首脳宣言が採択された。
中国がFTAAPロードマップの策定を提案したのは,焦りの裏返しである。中国の狙いは,APECにおいてFTAAP実現の主導権を握り,TPPルートに揺さぶりをかけることだった。中国はFTAAPへの道筋としてTPP以外の選択肢もあることを示し,ASEANのTPP離れを誘うなど,TPPを牽制する姿勢を見せている。
習近平国家首席は,北京ロードマップを「歴史的一歩」と自賛した。しかし,FTAAPをTPPの延長線と捉えている米国の横車によって,ロードマップはすっかり骨抜きにされた。このため,APEC議長国としての役割を終えると,ロードマップへの情熱が冷えたことは否めない。中国の対外戦略の軸足は,事実上,FTAAPよりも中国と欧州をつなぐ一帯一路構想(現代版シルクロード)の実現に移った。
■TPPがRCEPを吸収する
16年のAPECペルー会合でFTAAPに関する研究成果が報告されるが,米中が共同議長を務めるような報告書に,明確な道筋の提示は期待できない。
FTAAPの道筋については,21世紀型のFTAとされるTPPをひな型として,RCEPがこれに収斂する,つまり,RCEPがTPPに吸収される形が最も有効かつ現実的だろう。TPPとRCEPの両方に参加する国は日本を含め7カ国だが,今後さらに増える見通しである。そのカギを握るのがASEANだ。米国によるASEANの取り込み(一本釣り)は今後活発化するだろう。
中国は一帯一路構想とAIIB(アジアインフラ投資銀行)によるインフラ開発を餌にして,ASEANを引き留めるに違いない。「ASEAN来い,RCEPの水は甘いぞ,TPPの水は苦いぞ」,童謡の替え歌が中国から聞こえてくる。ASEANが米中の草刈り場になる。
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