世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.559

TPP,RCEPと日本のコメ政策

山澤逸平(一橋大学 名誉教授)

小枝 至(日産自動車株式会社 相談役)

2015.12.14

 TPPがようやく大筋合意に達してご同慶の至りです。来年前半には発効しそうである。TPPは当初非常に高水準のFTAを一律に適用するというアピールだったが,加盟国間の既存のFTAが存続し,新たな2国間交渉の過程でそれぞれの特殊事情を反映して例外措置が盛り込まれた。しかしアジア太平洋を覆う高水準のメガFTAが初めて成立することを祝福したい。日本にとっては,今世紀初めから推進してきた,シームレス・サプライ・チェーン形成の大きな礎ができたことになる。日本は人口減少で拡大が望めない国内市場を補って,これまでASEAN・中国にサプライ・チェーンを張り巡らし,成長の軸としてきたが,それが十分に機能するには物流サービス,投資,貿易円滑化措置の拡充が不可欠である。

 これをアジア太平洋地域全体に拡大するには,APECが標榜するFTAAPを達成しなければならない。日本はTPPの発効を推進するとともに,RCEP交渉の促進・妥結を図らなければならない。日本はTPP,RCEPの両方に参加する利点を生かして,RCEPをTPPに近づけるべく,リーダーシップを発揮しなければならない。豪,NZ,シンガポールも自由化に熱心だが,サプライ・チェーンの運営自体を担う日系企業のためにも日本が頑張らなければならない。巨大経済パワーを目指す中国と張り合うより,自由化達成がアジア太平洋経済全体のメリットになると標榜して,FTAAP達成のリーダーシップをとる方が賢明である。

 その際日本の交渉力の制約となるのが,日本がほとんどのFTA交渉で主張してきた農産物5品目,とくにコメの「聖域化」,関税引き下げからの例外化である。日米交渉でも最後まで詰めが残され,特別の無税輸入枠を米国,豪州に設ける形で決着した。1994年に妥結したWTOのウルグアイ・ラウンド農業協定(URA)でも,日本はコメ関税を引き下げずに無税のミニマムアクセス(MA)輸入を認めることでコメの例外化を固守した。MA米は,国産米消費に極力悪影響を与えないように主食用はごく一部で,食糧援助用,加工用,飼料用に回され,残余は備蓄として積み増しされる。資源配分のロスであり,大きな財政負担となっている。今も存続しているDDA交渉が妥結すれば,コメの例外化を続ける限りMA輸入は積み増しされる。

 コメは東・東南アジアのモンスーン地帯で,広く小農栽培され,各国とも高い自給率を維持してきた。韓国,台湾,中国も関税を維持してMA輸入で償っている。インドネシアやフィリッピン,マレーシアもAFTAでコメ関税を維持している。しかし日本と同様の高関税を課しているのは韓国のみで,他は内外価格差も大きくない。RCEP交渉でも輸出国のタイやベトナム,ミヤンマーがコメの自由化を要求しよう。日本がコメだけを除外しておいて,サプライ・チェーンの財・サービスの高い自由化を主張し続けることは難しい。日本のリーダーシップの足枷になる蓋然性が高い。

 コメの例外化は所詮国内政治コストの問題で,シームレス・サプライ・チェーン達成を損なうわけではない。日本国内では自民党に限らず,民主党,共産党その他も農民票の離反という政治コストを恐れているからである。論理的には,政治コストが経済便益を上回って,コメの例外化を止められないことになる。しかしこの政治コストは本当にそのように高いのか。

 国内の農業政策はすでに修正されてきている。1993年URA受諾時に,6兆円の国内対策費を計上したが,壮大なバラマキで,競争力強化には繋がらなかった。その時からすでに20年が経過し,農業者の平均年齢は65歳を超えている。国内ではそれなりの農業改革も実施されてきた。1996年には米価支持も廃止され,コメの平均価格も3分の2に低下した。国内消費の減少傾向も働いている。2010年民主党政権が戸別所得補償政策を導入し,2013年の自民党政権ではそれを専業農家に限定し,減反と切り離した。さらに2018年に減反政策廃止を言明している。2015年には農協の組織改革にも着手した。遅々としてはいるが,正しい方向である。それなのになぜ貿易交渉ではコメの例外化を転換して,輸入競争を導入し,コメ農業の競争力強化を促さないのか。

 農産物5品目の例外化を守るという衆参両院決議に縛られて,TPP交渉のこの段階では例外化路線を変更する余裕がなかったのであろう。しかし今後TPPの実施やRCEP交渉ではコメ自由化の方向へ切り替えていただきたいものである。

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